A・Iが許せない!

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A・Iが許せない!

 大阪府北摂地域にある繁華街で久々に大学の同期と酒を飲むことになった。  二基(にき)(ただし)という名前のその友人は俺と同じく北摂地域にある私立総合大学の情報学部を卒業していて、卒後しばらくは俺と同様に企業のシステムエンジニアとして働いていたが今は専業のイラストレーター兼同人漫画家として生計を立てていた。  数年前に結婚した俺と異なり二基は32歳になる今でも独身だったがピクスティブやツィターに自作のイラストを投稿しつつたまにイベントに参加して同人誌を売る生活は気ままで楽しいらしく、俺も今日は仕事や家庭のことを忘れて旧友と楽しく飲もうと考えていた。  集合時刻の数分前にJRの駅前に来て待っていた俺だが、二基はなかなか改札口から出てこなかった。  結局現れたのは集合時刻から約30分後で、俺は二基に軽く挨拶をすると何かあったのかと尋ねてみた。 「この駅に来るのは確か3年ぶりなんだけど、ダイヤ改正で間違えて別の路線に行っちゃってさ。慌てて分岐点まで戻ったけどそれも乗り継ぎが悪くて遅れちまったんだよ」 「ああ、それは災難だったな。昔の記憶で電車乗るとそういう風になりがちだから俺はたいてい時刻表アプリで事前に調べてるよ」 「時刻表アプリ? あんなの絶対使わないよ。俺はイラストレーターとしてAI(人工知能)は絶対に肯定しないって決めたんだ」 「えっ?」  二基が人工知能により自動的に出力されるイラスト、いわゆるAIイラストに対して以前から否定的なのは奴のツィターでの投稿などを見て知っていたが、時刻表アプリも使わないという話には驚いた。 「確かにルート検索にはAI技術が使われてるらしいけど、それぐらい別にいいんじゃないの? 実際あれ便利だろ?」 「いいや、俺はダブルスタンダードは嫌いだから反AIを徹底するんだ。自分の仕事はAIに奪われたくないけど他人の仕事は奪われていいなんて理屈はおかしいからな。まあ今日は細かいことは考えずに飲もうぜ」  二基はそう言うと学生時代によく行っていた大衆居酒屋に向けて歩き始め、俺は奴の態度に何かしらの不安を感じながら付いていった。 「店員さん、注文お願いします! 冷製キャベツサラダの追加と鶏肝ポン酢を2つで」 「分かりました。お客様、ご注文の際はテーブルの呼び出しボタンを押して頂いて大丈夫ですよ」 「いいえ、この呼び出しシステムにはAI技術が応用されていますから俺は絶対に使いません。次からも直接お呼びして」 「あ、気にしないでください! 次から俺がボタン押しますんで!!」  女性店員さんを困らせている二基をやんわり制止しながら俺はジョッキ一杯の生ビールを飲んでいた。 「しかしだな二基、AI技術は一切使わないっていってもこの現代では限界があるんじゃないか? それこそ空気清浄機だって自動的に環境を分析して動いてる訳だろ?」 「ああ、だから俺は部屋の空気清浄は旧型のエアコンに任せてるし食洗機も使ってないよ。こうでもしないとツィターでAI技師の連中に揚げ足を取られかねないからな」 「は、はあ……。そういえばお前あのゲームやった? 元々インディーズで展開されてた『暗黒街ヘルクリニック』ってやつ。ピクスティブでもファンアートよく見るけど」 「あんなのやる訳ないだろ! あのゲームはインディーズの頃から背景とか小物をAIイラストで作っててコンシューマ版ではもっとAI素材が増えてるんだぞ!! 俺は敵に魂は売らん!!」 「ええ……」  二基は背景や小物にAIを活用しているゲーム作品さえも許せないらしく、俺はいくら反AIでもこれは流石にやりすぎではないかと感じた。  その時、二基は突然腹を押さえて苦しみ始め、痛みで声も出せないその様子に俺は慌てて呼びかけた。 「大丈夫か二基、何か悪いものでも食ったか!?」 「いや違う、素人知識だが多分これは虫垂炎だと思う。とりあえず救急車を呼んでくれ……」  そう言うと座敷に倒れた二基を見て俺はすぐに119番に電話し、二基が救急隊に担架で運ばれると俺も付き添いで救急車に乗って病院に行くことになった。  二基が救急救命士に応急手当を受けている間に救急車は近隣の大学病院に到着し、救急医療部に搬送された二基に付いて俺も院内へと入った。  救急医療部に着くと女性の看護師さんが待機していて、看護師さんは近くにある円筒状の機械を指し示すと話し始めた。 「当直の先生が現在こちらに向かっておりますので、それまでの間こちらのAI問診ロボットに症状をご入力ください。付き添いの方に入力を代行して頂いて結構ですよ」 「嫌です、俺はAIによる診療は一切拒否します! AIに診察されるぐらいなら死んだ方がマシです!!」 「ええ……。では先生が到着されるまでお待ちください」  そこまで緊急性がないと判断してか看護師さんは二基にドン引きしつつもそう答え、結局二基は総合診療科の医師による診察の結果、腹腔鏡を用いた虫垂切除術を受けることになった。  二基はベッドに載せられて手術棟まで運ばれ、二基には同居家族がいないことから俺も手術開始までは引き続き付き添うことになった。  俺も手術帽とマスクを着用して手術室に入るとそこでは当直の麻酔科研修医が待機していて、研修医は眠気を必死でこらえながらベッド上で苦しむ二基に挨拶を始めた。 「お疲れ様です、本日麻酔を担当させて頂きます麻酔科研修医の伊藤と申します。手術前に麻酔科からもご本人様確認をさせて頂きますので、お名前をフルネームと生年月日を教えて頂けませんでしょうか」 「分かりました、名前は二基糺、生年月日は……ああ、すみません、そこの機械についてお聞きしたいのですが……」 「えっ、麻酔器についてですか? 何でもどうぞ」 「その機械にはAI技術は使われていませんよね。当然あなたが目視で調節されるんですよね」 「AIですか? うーん、患者さんの状態が悪化すれば自動的に警告が出ますからある意味ではAIと言えるかも知れませんが……」 「それなら俺は手術を拒否します! もう麻酔なしで手術して頂いて結構です!!」 「いい加減にしろこのクソボケー!!!」  ぶち切れた俺は反射的に二基の頭を殴りつけ、そのまま気絶した二基はまあ色々あって無事に手術を受けて一命をとりとめたのだった。  (完)
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