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第一章 輔翼の家の使用人
初雪が、降ってきた。
低い鼠色の空から、ひらひら、きらきら。
地面に落ちては消えて行く。凍える手の甲で救い上げると、あかぎれに少し滲みた。
ああ、今年もこの季節がやって来た。父と母が馬車の事故で他界した三年前の冬も、最初はこんな天気だったっけ……と、蜷川由乃は白い息を吐いた。
もう二度と戻らない幸せな日々を思いながら、現実を見て寒さに震える。住み慣れた日本家屋の立派な屋敷には、すでに由乃の部屋はない。元は家畜小屋として使用していた離れが、今は彼女の部屋である。扉の建付けが悪く、北風が吹くと恐ろしく寒い。雪が降る日などは、寝具の周りまで凍るほど。
その軒先に佇んでいると、屋敷から、いとこの華絵の金切り声が聞こえた。由乃の名前を連呼し、随分と怒っているようだ。華絵は由乃よりひとつ上の十八歳。背が高く美人で、勝気な女である。対する由乃はか細く白く、折れそうなくらい細身だ。しかし、泥の中に凛と咲く蓮の花の如く、なかなかに芯は強く頑固であった。
由乃は、冷たくなった手を擦りながら、急いで声のする居間へと向かう。
(今日はどんな小言かしら。きっとまた、たいしたことではないわ)
そう思いながら、華絵が大袈裟に怒る様子を想像し、由乃はため息を吐いた。
廊下ですれ違った使用人のヨネが、心配そうに由乃を窺う。ヨネに微笑んで見せると、腹を括って居間の障子を開けた。
「由乃! この、のろま! 呼ばれたらすぐに来なさい!」
華絵は、目を三角にして怒鳴ると、座卓の下を指差した。
「箸が落ちて転がっていったわ。拾ってよ」
「……はい」
やはり下らないことだった、と座卓脇に屈み、下を覗き込む。すると赤い箸が奥のほうに落ちている。どうしたらそんなところに落ちるのかという位置に、だ。華絵の性格を嫌というほど知っている由乃は、このあとの展開を簡単に予想出来た。落ちた箸を拾うために、座卓に潜り込んだら、なにかしらの嫌がらせをするのだろう。それを知っていたのに、あえて由乃は箸を拾いに座卓に潜り込む。これを回避しても、次の嫌がらせが待っている。それなら、さっさと済ませたほうがいいと思ったからだ。
案の定、華絵は味噌汁を由乃の背中に零し、その熱さに一瞬悲鳴が出そうになった。
「あら、悪いわね。手が滑ったわ」
「……」
「ふんっ! あんた、ほんとにつまらない子ね。いつも恨みがましい目でこちらを見て、感じが悪いったらないわ。まあ、今日はあんたに構っている暇はないのよ。あとで私の部屋に帯を届けておきなさい。金糸の氷割に四季草花の模様のやつよ! わかったわね!」
「……はい」
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