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そんな由乃を、ただただ、見ていることしか出来ないヨネは、歯がゆい思いでいっぱいだった。
「ヨネさん?」
「あ、ええ、はい。なんでしょう」
「糠床はかき混ぜておいたから。今日はもうしなくて大丈夫よ」
「あらまあ。ありがとうございます。ふふ、由乃様はもう漬物作りにおいては、私より達人ですものね」
由乃の目尻が下がった。漬物の話になると、固い由乃の表情はすぐ柔らかくなる。幼い頃、ヨネの手伝いと称して台所に入り、見よう見まねで糠漬けを作った。それを父親と母親に美味しいと言われたことが、由乃が漬物作りに目覚めたきっかけだ。もともと、生活能力を付けさせようと思っていた母親の美幸は、由乃が厨房に出入りすることを好ましく思っていた。そういう経緯もあり、由乃はいつでもヨネの周りで、料理や家事全般に関わってきたのだ。この家で、表情を無くした由乃の唯一の楽しみが漬物作りだと言っても過言ではない。
冷やした布で患部を冷やすと、由乃の背中の赤味は幾分か和らいだ。でも、まだ痛々しい。ヨネは医者に見せたほうがいいと提案したが、由乃はそれを断った。華絵に帯を部屋に届けておけ、と言われていたのだ。彼女が部屋に戻って帯がなかったら、また、余計な文句を言われる。「面倒臭いから、さっさと済ましておくわ」そう言って、虫食いのある粗末な着物を着て出て行った由乃を、ヨネは涙をこらえて見送った。
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