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由乃は帯を取りに向かう。華絵の届けろといった「金糸の氷割に四季草花」の帯は、元々由乃のものだった。とても高価な一点物の帯で、両親が十三の誕生日に送ってくれたもの。亡くなるほんの一か月前の出来事を、由乃はぼんやりと思い返していた。
『いつか「鬼神様」にお目見えするかもしれないからね、その時はこの帯を付けるといい。来年は帯に似合う着物を贈るよ』と笑った両親の笑顔を。
衣裳部屋に置かれてあった帯を持ち出すと、華絵の部屋……以前の自分の部屋に入り、机の上に帯を置く。数十年過ごしてきた部屋は、もう他人のもの。由乃の気配を嫌った華絵は、前から部屋にあった全てのものを焼き捨てた。思い出の写真も、可愛がっていた人形も。灰になり消えた。
「遅い! 早くしろって言ったでしょ! 愚図ね!」
背後から嫌味な怒鳴り声が響く。華絵が部屋に戻ってきたのだ。物思いに耽っていた由乃は、華絵の足音に気付かなかった迂闊な自分を罵る。だが、後悔先に立たず。仕方なく、出来るだけ華絵の顔を見ずにその場を去ろうとしたのだが、呼び止められてしまった。
「待って。ヨネに着付けを手伝うよう伝えなさい。今日は振袖を着なくてはならないもの」
その言葉に由乃は首を捻る。
(振袖? なぜ振袖を? そういえば帯も特別なものだし……)
不審に思い表情を窺うと、いつもへの字に曲がった華絵の口角が上がっている。どこか気味の悪さを感じて由乃はぶるっと震えた。
「……なにをもたもたしているのよ。もういいから、早く行きなさい!」
「……っ、はい」
急いで部屋を出ると、ヨネに伝言をした。なにがあるのかはわからないけれど、自分には関係のないこと。気味の悪い華絵に近付くなどごめんだったし、勘繰るのも無駄な労力である。そう思い、由乃は粛々と家事をこなした。
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