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私は深くため息をつく。
食べることが大好きだ。今ではこの体型だけれど、もともとは細かった。幼い頃から続けていた新体操を高校で辞めてから食欲に火が着いてしまい、体重は日に日に増していき、気がつけばおデブ街道まっしぐら。
そしてついに25歳の誕生日、このままじゃいけないと一念発起し、この『stone』へ入会。まだ数週間だけれど、今のところ続いている。
(……頑張ろう)
ため息混じりで床に置いたダンベルを拾おうとした。が、その瞬間、信じられないことが起きた。
遠巻きに見ていた柳田さんと目が合ったのだ。その端正なマスクにじっと見つめられて、私は思わず視線を外してしまった。
(わわわ)
すると。
柳田さんがスタスタと近づいてくる。
「あのすみません。君、最近入会されたんですか?」
私は内心ビクビクしながら、そろりと視線を合わせた。見上げるほど背が高い。迫力満点、野生味のある彫りの深い顔、少し長めの黒髪を耳にかけている。
「は、はい……数週間前に……」
「そうですか。最近、私も忙しくて夕方からの時間には来ることができなかったから……うーん気づかなかったな……失礼ですが、お名前は?」
「し、白井優里と申します」
「優里さん、いい名前だ。私も頑張りますから、優里さんも頑張ってくださいね」
さらりと名前呼びもこれほどに違和感がない。私からしてみれば、イケメンから声を掛けられるなんて、天変地異か青天の霹靂かと思うほどの衝撃と驚き。
焦ってしまい挙動不審。視線はあちこちにとっ散らかっている。
「は、はい」
なんとか返事を返して、自分の焦りを誤魔化そうと、ダンベルを持ち上げた。2、3度上下した後、そっと顔を上げる。
すると柳田さんはすでに鏡の前へと移動していて、フィットネスバイクにまたがっていた。
(なんだったんだろう)
私はホッと息をつくと、ダンベルを定位置に返却し、ペットボトルの水を飲んだ。
完璧すぎるイケメンに話しかけられて、まだ胸がドキドキしてしまっている。
ふと気づくと、女性会員が怪訝そうに私を見ている視線を感じた。なんであの子に声を? はん? みたいな空気に耐えかねて、私はそそくさと更衣室へと向かった。
これは私にとってはまごうことなき、奇跡の1日。
が。
後々、そんな奇跡の日々が連続してやってこようとは、今のぽちゃぽちゃな自分は知る由もなかった。
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