27章 猛獣使い

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その日は冬人さんのバースデーイベント。 お祝いに駆け付けたヒメが 入れ代わり立ち代わり 店内は満卓。 閉店前は『エース』と『準エース』が 被って入っていた。 『エース』というのは ヒメの中でも担当に 1番お金を使ってくれる女の子のこと。 被ったヒメ同士は あらかじめその日使う金額決めてたはずなのに 結局はバッチバチの戦いとなる。 あっちが10万のシャンパン入れたら 自分は30万のシャンパン入れたい。 それなら私は、あと二本! と言う具合。 それがホストクラブのお客の心理。 でもやはり、今夜のメインは 『エース』みさきちゃんが建てた バースデータワー。 ところが コールが始まる寸前になって 準エースが自分も高級シャンパンを もう一本入れると言い出した。 かなりイケイケのヒメで 合計金額で勝ちに来たのだ。 こういうのを 「領収書でぶちのめしにくる」 というらしい。 それを知ったみさきちゃん 顔色を変えた。 穏やかじゃいられないらしい。 「無理しないでいいよ(^^) 今日タワーしてくれただけで 俺すっごい嬉しいからさ」 冬人さんは 風俗の出稼ぎから帰ってきたばかりの みさきちゃんを気遣って 彼女の手を両手で包み込むように握った。 「いやだ、負けたくない! 冬人のバーイベ(バースデーイベント)で 負けるなんて絶対イヤ!」 オフホワイトのブラウスに 薄ピンクのロングスカート 黒髪をハーフアップにした 今夜のみさきちゃんは 白雪姫のように清楚だった。 「お願い。 私のやりたいようにさせて 何入れれば勝てる?」 可憐な声で、きっぱりと言った。 (なんて健気なヒメなんだ!) ヘルプについてた僕も 冬人さんとみさきちゃんの 思いやりのある会話にホロリとする。 「ホント?? じゃ、どうせイクなら ヴィンテージにする? 間違いないよ?」 そう言った冬人さんの手が さりげなく、みさきちゃんの太腿に置かれた。 ええっ! 僕は驚愕した。 高級シャンパン エンジェル・ヴィンテージ 入れれば会計は一気に膨れ上がる。 もっと安いのでも勝てるだろうに… こっちの方がドキドキしてきた。 さすがに黙ったみさきちゃん。 冬人さんはみさきちゃんの瞳を じっと覗き込みながら 微妙に指先を、彼女の胸に掠め 肩にかかる髪を 優しく背中に払いながら 耳元に口を近づけた。 「コールの前にお化粧直す?」 冬人さんの甘えるような囁きに ヒメはコクリと頷き そそくさと立ち上がった。 酔って足元がおぼつかないので 冬人さんが手を取って 本当にお姫様のようにエスコートしてる。 通路の奥に二人が消えると シャンコの進行するために マイクを持ったユーリさんがキャハっと笑った。 「入るな、ヴィンテージ」 「どうしてわかるんですか?」 「今、冬人さん ヒメを店チューポイントに連れ込んだでしょ 太腿を触ったのがサインなんだよ」 太腿? 店チューポイント? ああ、あそこか!聞いたことある。 化粧室に向かう通路の途中に 鏡張りの大きな柱がある。 その柱の陰は壁が窪んでいて 通路からも、フロアからも 見えない死角になっている。 もちろん店内で ヒメとのキスは厳禁。 建前は。 でも、その死角の「くぼみ」で ホストがヒメにキスをしても どこからも見えない。 ただ、キスする二人にだけ 鏡張りの柱に映る自分たちの姿が 幾つも夢のようにダブって 見えるのだそうだ。 そこを「店チューポイント」だと 聞いたことがあった。 そんなことされて 「今夜、俺 1000万イキそうなんだよ オネガイ…イカせて」 って囁かれたら。 ホストに沼ってるヒメはイヤとは言えない。 いやむしろ、担当にお願いされて それが出来た時は最高の幸福感に満たされる。 ヒメの心理とは、 そういうものなのだ。 席に戻ると冬人さんは さりげなくボーイを呼んで 追加のシャンパンを頼んだ。 「エンジェル・ヴィンテージ ご注文、いっただきました!」 ボーイの声が響いた。 はああ、やっぱり! 冬人さんスゲー!
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