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友だちとアリ
春の陽射しが大きな桜の木の枝葉をすり抜け、テラス席の白いテーブルに降り注いでいる。
「それにしても、梨子が時間ギリギリに来るなんて珍しいね!」
注文を終え、一式環がメニュー表を片づけている。
「う~ん…ちょっと、アリがねっ…」
「アリ?」
「うん。アリって、3階でも上ってきちゃうんだね~」
「そりゃ~服とか観葉植物とかに付いてくれば何階でも上って来るんじゃない?っていうか、何の話?」
「いやぁ…あのっ…ベラン…ダに…アリが…ね…」
気圧されて、壇上梨子の声がどんどん小さくなっていった。
「何階かは分からないんだけど、前にママ友も『部屋の中に大量発生して困っている』って言っていたよ~」
立原菜々子が、おっとりとした口調で言った。
「あ~!庭にだけど、うちも大量発生した事あるわ!ぐるぐるぐるぐる…ず~っと回っててさぁ~」
「うわぁ~ん。やめてぇ~っ!環が言うと、すごくリアルだから~ぁぁぁ!」
梨子が、両手で耳を塞いでいる。
「分かったけど、あんたのそのぶりぶりした話し方もいい加減どうにかして欲しいんだけど!で、結局何の話?」
「いやぁ…シーツをね、干そうとしていたらアリが1匹伝ってきている事に気がついて」
環の口が、「たった1匹?」と動いたような気がしたが気にせずに続けた。
「ビックリして、思わずふぅ~って吹いちゃったの。そうしたら、ベランダの外に飛んでいっちゃって…強く息を吹きかけたつもりはなかったんだけど…」
「いや!いや!それ、絶対に目一杯吹いたでしょ~!ほらっ!あんた子供の頃から誕生日ケーキのロウソクの火…あれ1回で全部吹き消していたじゃん。虫も殺さぬ顔をして結構やるわ~!って思っていたんだけど、ふ~ん。ついにやったかぁ~!」
「どうしよう私…」
「何で、泣きそうなの?」
「菜々ちゃん…だって3階だよ!どう考えたって、やっぱり無事じゃないよね…」
「はっ?"アリ"の話だよね?あんたさっきから、まるで夫でも突き飛ばしたみたいに言っているけど」
環が、眉間にシワを寄せている。
「だって…。私のせいで死んじゃったんだと思ったら…申し訳なくて…」
「は~ぁぁぁ?そう思うんだったら、"自首"でもしたら?あっ!梨子っ!アリ!アリ~っ!」
「えっ!どこ?どこ~ぉ?」
梨子は、咄嗟に座ったまま両足を浮かせた。
確認したがアリなどどこにもいない。
騙されたっ!と思って環の顔を見ると、ニヤニヤしている。
「梨子~!アリは高いところから落ちても大丈夫だって聞いた事があるよ。それに、こんなに後悔して反省しているんだから、きっとアリも神様も許してくれるよ~!」
「ありがとう…菜々ちゃん」
「お待たせしました~」
店員がケーキセットを運んできた。
環の前には、ベイクドチーズケーキとホットコーヒーが。
菜々子の前にはいちごのモンブランとアイスのロイヤルミルクティーで、梨子の前にはショートケーキと紅茶のラテが置かれた。
紅茶のラテには、ミルクで描かれた白鳥が浮かんでいる。
梨子は、ハート形の頭が崩れないようにそっと手前に寄せた。
「梨子!そのいちご、すっごく大きいね!1個ちょうだ~いっ!」
「ぜぇぇぇ~ったいにダメっ!"1個しか"ないんだから~」
慌てていちごを丸ごと口に詰め込んだせいで詰まりそうになっているというのに、環は素知らぬ顔でチーズケーキにフォークを入れた。
「梨子大丈夫?本当に環は、小学生の頃からぜ~んぜん変わっていないんだから~!」
菜々子が、ミルクティーに手を伸ばした。
「そ~う?やっぱり毎日のマッサージがいいのかしら~?」
環は頬に軽く当てた右手を、な~んてね!と笑いながら虫でも追い払うように動かした。
「それにしても、小5からの付き合いだから…あたしたちってもう35年かぁ~!早っ!こんなに長く友達でいられるなんて、しかも3人でだよ。すごい事だよね~!」
「そっかぁ~!2人に助けてもらってからもうそんなに経つんだね~」
「梨子~。私は何にもしていないよ~!止めに入ろうとして、一緒に壁際に追い詰められちゃったんだから~」
「ううん。菜々ちゃんがクラスの女子たちから守ろうとしてくれて、すっごく嬉しかったよ~!」
「ありがとう、梨子。それにしても、環の"あのセリフ"…かっこよかったよね~!『可愛い子ぶってんじゃなくて、本当に可愛いのっ!文句があるなら、これからはあたしを通しな!』って。環に文句なんか誰も言えるわけないよね~」
「うん♪」
「えっ?あたし、そんな事言ったっけ~?」
「言ってたよ~。それに、『止めに入るなら、もっと大きな声を出しな!でも、あんた気に入ったわ!』って私の事まで気に掛けてくれて。あれがきっかけで、3人仲良くなったんだから忘れないよ~!」
環は「分かった!分かった!もういいよっ」と恥ずかしそうに言うと、「あっ!あたし、働く事にしたんだ~」と急に話題を変えた。
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