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二日目 明日は何をしようか
「明日は何をしようか」
いそいそとベッドに上がり、長い足を投げ出して寛ぐ王太子はベッド脇のテーブルから読みかけの本を手に取り開く。湯浴みの後の銀色の髪が、まだしっとりと濡れている。
本当にここで一緒に寝るらしい。
「追い出されると困る。私の寝室はここしかないのだから」
「それでは私が」
「貴女の部屋もここしかない。客室も駄目だ」
「……」
何もしないと言うのだからこれ以上断れない。そもそもここは私の知る城ではないから、あの部屋が空いてるから使える、あなたがあちらを使って、とか言えないのだ。もの凄く不利だ。
「殿下、髪がまだ濡れています」
「貴女はいつになったら私の名前を呼んでくれるのかな」
「もう、シーツが濡れるので、ほら身体を起こしてください」
湿ったシーツなんて嫌だ。
むっつりと口を尖らせた王太子の腕を引っ張って起こし、背後からタオルでその髪の水分を取った。キラキラと輝く銀色の髪は、触ると思っていたよりも柔らかい。決して、髪に触ってみたかったからとかではない。断じてない。
「貴女が拭いてくれるのなら濡れたまま出てくるのも悪くない」
「駄目です。風邪をひきますから、ちゃんと自分で拭いてください」
王太子は私といる時、この話し方がすっかり定着していた。侍女長や使用人、おそらく王城の執務を担当しているであろう文官たちと話す時は、王太子然としているのだけれど。元来、優しい人なのだろう。
「本当はね、この休暇を利用して、貴女と二人で旅に出るのもいいかと思っていたんだ」
「旅?」
「そう。貴女に海を見せたかった」
「海」
西から陸続きで移動してきた私は、海を見たことがない。私の国にも港はあるけれど、私自身、城から出た事がほとんどなかった。だからこの国に来るまでの道中は十分刺激的で楽しいものだった。
「……海は、本でしか見たことがありません」
「うん、『遥かなる雲の先』に出てくる海の描写は素晴らしいよね」
「あの本をお読みになった?」
「読んだよ。私の大好きな本だ」
幼い頃から読んでいた子供用の物語。美しい海の挿絵とキラキラとした野山が出てくる物語は、私をいつでも素晴らしく美しい世界に連れ出してくれた。誰にも邪魔されない、汚されることのない私だけの世界がそこには広がる。
紙が擦り切れるほど繰り返し読み、この国へ嫁いで来た時に持って来た、数少ない私の宝物だ。
「……私も、好きです」
「うん」
「……本が」
「ぶふっ、分かってるよ」
くつくつと肩を揺らして笑う王太子の髪を、何だか悔しくて少しだけ乱暴に拭いた。
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