二日目 自分で思い出して

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二日目 自分で思い出して

 王太子は新婚だからと、一週間の休暇をもぎ取ったと言う。婚姻が決まってから一年、何の音沙汰もなかった人とは思えない。  私のそんな気持ちが伝わったのか、朝食を食べながら王太子は苦笑した。 「連絡がちゃんと取れなかったのは申し訳ないと思っている。どうしても貴女を迎え入れるために身の回りをきれいにしておく必要があったんだ」 「女性問題ですか?」 「違う」  私たちは今、ベッドのヘッドボードを背に並んで腰掛け、小さなトレーに乗った軽食を食べている。お行儀が悪いけれど、何だかいつもと違うことをしているというだけでちょっと楽しい。  絶対にそんな事おくびにも出さないけれど。 「昨日もそうだったが、貴女は私のことについて何か間違った情報を吹聴されたのではないだろうか」 「間違い?」 「しきりに女性のことを口にしているだろう」 「殿下の姿を見て納得しただけです」 「それだよ! ああもう、殿下はやめてくれないかな……、ねえ、私の事を何という風に聞いていたんだ?」  ベッドの上に長い足を投げ出し、軽く交差させ寛いでいる姿はきっちりとした礼装ではなくても、とても麗しい。朝日を浴びて煌めく銀色の髪が少し動くたびにさらさらと揺れて、どうしてもその姿に見入ってしまう。 「……女性には不自由していないと」 「それは一体どういう……」 「ですから、この婚姻自体が政治的なものであって私である必要はないと。昨日も申し上げたように」 「それで側妃の話になるんだな」  はあ、と深いため息をつく王太子の横顔を、サンドイッチを頬張りながら眺める。 「どうしても貴女と私の初夜を邪魔したかったのだろうな……私も昨夜は、ここに来るまでに色々な罠が仕掛けられていたから」 「罠」 「うん、罠」 「詳しくお聞きしても?」 「……面白がってるだろう」  バレてる。昨日から少ししか話していないのに、王太子はもう私の性格を把握している気がする。 「とにかく、私には女性問題などないし懇意にしていた女性もいない。私が妃にと求めたのは貴女だけだ」 「昨日お会いした時はそんな雰囲気ではありませんでした」 「貴女がどんな心つもりであの場にいたのか計りかねたから……政治や義務なんて言葉を出してしまって、申し訳ないと思ってるよ。……緊張していたんだよ、これでも」  目元をほんのり赤く染め、横目でこちらを見るのはやめてほしい。目が覚めても美丈夫は心臓に悪い。 「……貴女はどうしてそんなに私を拒むんだ?」  ごくり、と喉を鳴らして紅茶を流し込んだ王太子は、モジモジとカップを弄りながら俯いた。  何この人、頭に耳が見える気がするわ。犬かしら。大型犬? 「……この婚姻に愛や恋を求めていないので。子を成すのが私である必要がないのなら、寝所を共にする必要はないかと」 「子を成さなければ貴女の立場は危うい」 「それは構いません。……この状況で子を成しても、私はその子が幸せになると到底思えませんから」 「何故?」 「私がこの国の出ではないから」 「……優しいね」  王太子はふわりと笑うと、私の髪をそっと耳にかけた。その仕草にかっと顔が熱くなる。  やだ、私きっと顔が赤い。ぱっと顔を逸らすと、かけられた髪がまた肩に落ちて私の顔を隠す。 「苦労させたくないだけです」 「うん、貴女も辛かっただろうから」 「……それ」  隣に座る王太子を振り返る。  こちらを見る優しい表情。柔らかな視線。この顔を忘れるなんてあるだろうか。 「会ったことがあると?」 「あるよ。……教えないけど」 「ヒントくらい下さってもいいじゃないですか! いつ頃のことなのかとか……」 「うーん……、やっぱり駄目。自分で思い出して」 「意地悪だわ!」 「そうだよ。覚えておいてね」  王太子は笑いながら食事の済んだトレーを私の膝の上から取りあげると、部屋の隅のワゴンに乗せる。 「さて、暫くは私と貴女の蜜月を邪魔する者はいないから、これから何をしようかな」  王太子はそう言うと、満面の笑みで私を振り返った。
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