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三日目 二度寝と林檎
広く大きなベッドでは、王太子と並んで寝てもお互いの距離はとても遠い。大人二、三人が間に入っても問題ないくらい大きい豪奢なベッドだ。ふかふかしていて、シーツからはいい香りがして、そして暖かい。
この国の涼しい朝晩は私には寒いくらいなので、とてもありがたいことなのだけれど。
――これはどうしたことだろう。
朝、心地よいリズムと温もりにゆっくりと覚醒して目を開けると、目の前にある白いシャツ。釦が少し外れて肌が見える。
そう、これは肌だと思う。
ということは、私がしがみついている暖かいこれは、枕ではなく人だ。
そして、私がしがみつける人は、昨晩ずいぶん離れた場所で眠っていた王太子、ただ一人。
「……おはよう」
頭上から柔らかな声がして、恐る恐る顔を上げると銀色の髪の隙間から青い瞳が私を見つめていた。
海のような、青い瞳。
「おは、ようございます……!」
慌てて腕を突っぱねて離れようとすると、それよりも先に王太子にぎゅうっと抱きしめられた。
「せっかくここまで転がってきたんだから、そんなに慌てて離れなくても大丈夫だ」
「こ、転がっ……??」
「寒かったのかな。私にくっ付いたら落ち着いたみたいだから」
大きな掌で背中を宥めるように撫でられる。その手は優しく、私のざわめく心を落ち着かせてくれる。
「まだ早い。もう少し眠るといい」
「無理です!」
「大丈夫大丈夫。ほら、じっとして目を瞑って」
「無理ですってば!」
「初日だって驚くほど早く眠りについたじゃないか」
「あ、あれは疲れていたのです!!」
「二度寝って気持ちがいいよね」
恥ずかしさに悶えて抵抗を試みても、結局優しく囁く声と温かく優しい掌に導かれ、信じられないことに私はまた、いつの間にか深い眠りについてしまった。
*
目を覚ますと、宮の侍女長が変わっていた。
この国に来て以来、ずっと私にしきたりやら国の文化の違いを論い、私の国を遠回しに野蛮、未開拓などと貶めていた侍女長。一緒になって私の事を見下していた侍女たちも総入れ替えされた。
他国から嫁いできた妃なんてこんな扱いだろうと思い特に何も言わなかったのだけれど、どうやら王太子が追い出したらしい。
侍女長も貴族の家の人なので、そこは何とか上手いことしたんだと思うけれど、もういない人なのでどうでもいい。
「貴女はもう少し自分自身を大事にしてほしい」
朝、二度寝の後で私たちはまたベッドで朝食を摂っている。これがこの国のスタイルなのかしら。
王太子は器用に林檎の皮を剥きながら小さなナイフで食べやすくカットしていく。王太子なのに果物をカットしてると思いながら手元を見ていると、その小さくカットした林檎をフォークに刺して私に差し出した。
「?」
「ほら、口を開けて」
「は?」
「美味しいよ。私も食べたから」
「……」
殿下はニコニコと笑いながら小さく切った林檎を私の口元に運ぶ。
……食べさせてくれるらしい。自分で食べられるけど。
私は目の前に差し出された小さな林檎をパクッと口にした。
「!!」
「? なんでふは」
「いや……」
「おいひいれふ。ほほのふには、りんほ、おいひいのへふね」
「……うん、いろんな種類の林檎があるよ」
「ほんほれふか!?」
もぐもぐ、シャクシャクと林檎を食べて飲み込むと、王太子が目を細めてこちらを見た。何だか目元が赤い。変なことしたかしら。
「……もう少しね、抵抗するかと思ったんだ」
「抵抗?」
「……何でもない」
そう言って王太子は、赤い顔で自分も林檎を口にした。
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