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私が『知りたい』ことではなく、『知らなければいけないこと』はいったい何なのか。私が真に問わなくてはいけないことは何なのか。
「してほしいことがあるんですか、私に」
「そう。だから君をここに連れてきたんだ。協力してくれるかな?」
私に選択権を委ねているようでその実、私にこの協力を拒否することはできないような空気を纏っていた。
そうか、私は今この人が怖いと思ってるんだ。
「とりあえず聞いてくれるかな。女の子を脅して服従させる趣味はないんだ」
私の恐怖心を感じ取ったのか、彼は先ほどまでの優しい笑顔で嘘をついた。
「君をここに連れてきたのはさっき言ったようにこの家は僕と君の家だからだ。だからまず、大前提として君には今日からここに住んでほしい」
「はい?」
まず導入からしておかしい。
どうして赤の他人と同じ屋根の下で暮らさなくてはいけないのだろうか。ましてやこんな猫かぶりの男となんて一緒に暮らしたくない。
「君にとってもそう悪い話じゃないと思うよ。少し調べさせてもらったけど、君の経済状況はそんなに余裕のあるものじゃないみたいだね。
東京は狭い家でも家賃が高いからね。君が一生懸命働いて貯めたバイトのお金もアパート代と生活費に消えているみたいだし、祖父母も生命保険を解約してお母さんの治療に充ててたみたいだし、亡くなって君に入ってきたお金はほとんどなかった。そもそも父親の方は話にならないみたいだからね。」
父方の祖父母なんて論外みたいだけど、と吐き捨てるように言った。
どうしてそんなことまで知っているんだ、このストーカー野郎。
夏海は心の中で毒づいた。
「それに君は将来医者になりたいらしいじゃないか。それなら大学進学は必須だし、国公立大学に進むとしても私大に進むとしてもいずれにせよお金はかかる。
今は奨学金という制度があるみたいだけど、それを使うにしても少しは貯めておかないと不安だよね」
そこまで言うと、彼は腕を組み私を見て試すように笑った。
「それに引き換えここで暮らせば、衣食住は保証される。もちろんその生活費は全てこちらが出すし、君からは一切お金は受け取らないことを約束する。君がバイトを続けたいならそのバイト代は君が全て好きに使えばいい。どうかな、君にとっては悪くない条件だと思うけど。」
目の前の男の前でこの条件に食いつくのはプライド的に憚られたが、正直とても魅力的な誘いなのは確かだった。
東京はすべての物が高い。バイト代も将来のために少しでも貯金をしておきたいところだが、それが出来ないのが現実だった。毎月、生活するので精一杯。高校生らしく遊ぶことも、十分な環境で勉強に取り組むこともできない。
そのため着るものは別にしても食べるもの、住むところだけでも保証されるのは、夏海にとって願ってもないことだった。
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