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「その代わりに君にも少し僕の手伝いをしてほしい」
来た。
何の条件もなく衣食住が保証されるわけがない。
「どんな手伝いですか?」
「君のその能力を貸してほしい」
「未来が見える能力ですか?」
彼は私の言葉に頷いた。
「君の能力は確かに未来が見える能力だ。君が見える未来は未来は未来でも、その物の最期の映像が見える能力だ」
「最期?死ぬときってことですか?」
拓哉は神妙な面持ちで深く頷いた。
それは能力の重大さを表しているようで、途端に背筋が凍った。
「例えば、君は今までどんな未来を見たの?」
私が見たもの。
更地。電気の消えた街。テレビで放送されていた大きくなって迫ってくる津波。それを知らずに笑いあう男女。そして先生。
「更地・・・」
「更地?どこの?」
「駅の近くの雑貨屋さんとかあったところ、今は工事してる」
「それを見たのは?」
「見えるようになってからすぐ」
「もう気が付いていると思うけど、君の能力は対象が有機物に限らない。つまり建物やこういうカップのような命がないものでもその物が無くなる時が見える。触れるものすべてじゃなくていつくか条件があるみたいだけどね。だからその雑貨屋の最期、つまり雑貨屋が無くなるところが見えたんだね。
君は今、口にはしなかったけどきっと数年前の大規模な関東に起こった大震災の時も起こる少し前に気が付いていたんじゃない?」
図星だった。
私の沈黙が肯定だと気が付いたようで拓哉は小さくため息をつく。
電気の消えた街も迫ってくる津波も、そして崩壊していく街も、脳に飛び込んできた映像は鳥肌が立つほど同じで、私のこの脳にはっきりとトラウマのように焼き付いた。映画でも見ているようで、現実にこんなことが起きるわけがないと必死に忘れようとして、口に出すことも思い出すことすらしなかった。これは私の妄想だ、きっと夢だろう、そう思うしかなかった。
しかしあの日、あの大震災が起こり、それをきっかけとして日本は甚大な被害を被った。そして悟ったのだ。
私が見たのは妄想や夢ではない。近い未来に起こることが見える。あれだけの規模の自然災害が起きればあれ以上何かを見なくても、あの大災害の中で多くの人の命が失われていたことも、それ以外にたくさんの物が失われたことも容易に想像がついた。私が持った力はそういう力で、私にはその能力が既に受け継がれていたのだ。
あれをまた見るの?あんな恐ろしいものを。
体が震えた。呼吸が浅くなる。
「私に何をしろっていうんですか?震災なんて自然災害が相手じゃ私にできることはありません」
震えそうな声を抑えて出来る限り冷静に拓哉に言った。あの映像をまた見るのは嫌だった。だけど怖いから嫌がっているのだとは思われたくなかった。
「君がその能力を持っているからと言って未来を変えることは規定違反だ。何人たりとも許されない」
彼は淡々と、しかし少しだけ悲しそうにそう言った。
「じゃあ私に何を・・・」
「その人に関するものに触れてその人の最期を見てほしい。もちろん謝礼は支払う。その辺のバイトよりもいい給与だと思う。」
「最期って・・・。死ぬところを見ろってことですか?」
「そう。精神的にダメージを負うことは分かってる。まだ若くて多感な時期の君にこんなことを頼むことは間違ってるってことも。だけど、これはその能力を持った人間にしかできないことだ」
「そんな、」
「それに死ぬ瞬間の映像じゃない。最期の瞬間、対象者がどこで、いつ亡くなるのかその情報だけが欲しい。だから君しか頼めない」
「私が断ったらどうなるんですか?」
「君が断ったら、亡くなった人を天国へ導くことができなくなる。結果、どこに行けばいいのかわからなくて現世に彷徨う人が増えるね」
嘘つき。脅さないって言ったじゃん。
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