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11.天に召されあなたと共に
「夏海、見えるかい?今日はいい天気だよ」
うん。見えるよ。
「今日は暖かいね。昨日の寒さが嘘みたいだ」
そうだね。ピクニックとかしたいな。拓哉のサンドイッチが食べたい。
「出掛けられたら良かったんだけどね。生憎だ」
残念だな。でも拓哉と一緒なら家でも楽しいから大丈夫だよ
「夏海」
どうしたの?
「・・・夏海」
どうして泣いてるの?泣かないでよ、私まで泣きたくなるから。
「置いていかないで、逝かないでよ」
あぁそうか。私はもう死にそうなんだね。拓哉をまた一人ぼっちにしようとしてるんだ。
最後の力を振り絞って目を少し開けると目の前には涙を浮かべた拓哉がいた。出会ったときから皮肉なほど変わらない姿で私のことを見ていた。拓哉の目にはしわしわになった私の姿が映っている。
そんなに見ないでよ。こんなお婆ちゃんになった姿、拓哉が好きになってくれた私じゃないでしょう。
「夏海・・・、夏海」
しわしわになって力も入らない私の手を拓哉がぎゅっと握った。
時間というものは残酷で、拓哉は魔法にかけられたようにこの数十年一切変わらずモデルかと思うほど綺麗だったのに、同じだけの時間を重ねてきたはずの私はどんどん老いていった。
目の前でぼろぼろ泣く拓哉の涙を拭ってあげることもできないほど力が入らない。
朦朧とする意識の中、微かな力で自分の太ももに少し触れる。その瞬間、鮮明に、はっきりと脳に映像が焼き付いた。
そろそろお迎えが来る頃だね。
「夏海っ!夏海!」
私の命が消えそうなのを感じ取ったのか、拓哉はもうほとんど動かない私の身体を強く揺さぶった。痛いほど強く掴まれているはずなのに、私の腕はその痛みすら少しも感じなかった。
「まだ、行きたいところがたくさんあるんだ・・・、夏海だってそうだろう?一人で行ったって楽しくないって夏海が言ったんじゃないか。まだ、まだ・・・」
拓哉の語尾が小さくなる。
「夏海・・・」
拓哉が私の名前を呟いた時、心臓が止まった。
私の命が終わりを告げた。
ごめんね。独りにして。
まだ行きたいところがたくさんあったのに。拓哉と見たい景色もたくさんあったのに。
一緒にいられなくてごめん。
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