11.天に召されあなたと共に

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「だから行け。思い出はその場所に残るものじゃないからな」 「心の中に残るって?お前にしては気障な言い回しだな」 「うるさい」  武史はそう言うと、放物線上にキラリと光る何かを投げた。その小さな何かを両手でキャッチし、武史の手から投げられたものを見るとそれは私の左手で光るものと同じものだった。 「これ、」 「いくら白石がずっとつけてたものだからって白石の遺体と一緒に焼こうとするな。取り出すの大変だったんだぞ」  夏海は生前、自分の死期を悟ったのか一斉に自分の身の回りの物を処分してしまい、一緒に棺桶に入れてあげられるものがほとんどなかった。せめてこの指輪だけでも一緒に焼いてあげた方がいいと散々迷ってやっとの思いで焼いたはずのものだった。 「これはお前が持ってろ。」 「これは夏海のものだ」 「だったら尚更これを持って白石が行けなかったところにお前が連れてってやればいいんだ。この指輪には白石の思いがたくさん詰まってる。生きている間にあいつが出来なかったことも、これが一緒なら白石だって一人ぼっちだと寂しい思いをしなくて済むだろう。それにお前も」  こんなに小さいものが夏海なんて思えるわけがない。  ふと夏海の指輪を見ると、昨日のことのように指輪をはめた日のことが蘇ってきた。この指輪には思い出が詰まりすぎている。 「会ってくるよ、次の受贈者に」  私の声は先ほどとは全く違い、晴れ晴れとした声だった。  寂しい。苦しい。離れたくない。  心の中で小さな子供のような自分が叫ぶたび、記憶の中の夏海が私を奮い立たせてくれた。  不思議だった。 一人で生きてきた時間の方がずっと長いはずなのに、夏海の生きたこの数十年間は濃く、そして誰よりも人間らしく生きていたような気がした。 一人ぼっちじゃないよね。 夏海の持っていた指輪を左手の小指にはめた。二つ並んだ同じデザインの指輪は少し違和感を感じたが、近くに夏海が感じられればそれだけで満足だった。
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