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2.ご利用の手先
本の背表紙に視神経が音を上げたあたりで喫茶空間をみつけた。言い訳用に村上春樹を一冊ぶら下げて、自販機とコピー機が互いに牽制し合う空間で一息つこうとする。
鞄から薄緑色の図書館案内を取り出して、低い視線を往来していく靴とズボンを遮るようにみた。休館日は火曜日、行われている毎月のイベントに紙芝居がある。水飴は売るのだろうか、それともタダで配るのだろうか。
と、アニメではない黄金バットを髭のおじさんが語り始めようとしたとき、僕の目に文字が駆け込んできた。
「お困りのことがありましたら相談に乗ります」
また、絆創膏を買ったらわざとこける子供みたいに、僕の視界に血が滲む。ここには冷蔵庫がない。自販機を体で押したら、飲みたくもない虹色の無果汁が紙コップに注がれてしまうのに。
「と、言ったって」
相談と言ったって、図書館なのだから本に関することとか、と、自分でサーカスをヒリヒリさせてみる。でも、そうではなかった。ブランコ乗りは命を賭けはしない。そんなもの、月も望まない。
「生活のこと、家族に言えない悩みでも、話すだけでも楽になることもあります」
蝶ネクタイの枯れたお爺さんが微笑んでいるイラストが添えてあった。試しに瞬きをしてみたけど、そのイラストはそのままだった。だから僕は斉藤さんの顔をまたみたくなって、村上春樹を棚に返すと、階段を下りた。
「グーパー」の少年のつむじがひとつしかなかったのは、見間違いだろうか。
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