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裁判名【ウェイ国王暗殺事件】
「代理で発言します。職は薬師、名をミィナ・グロウ。容疑はウェイ国王の暗殺。凶器は彼女が作った薬。薬効は――脳機能の退化」
「殺せ! 殺せ! 悪しき魔女を死刑に!」
傍聴席から怒号が上がる。大きな事件の裁判は毎度死刑を声高に叫ぶ人が一人や二人いるが、今回は裁判所を訪れたほとんどの人が死刑を望んでいる。趣味で裁判を見ているがこんなのは初めてだ。
「この薬は水で濃度を薄めて服用するのが正しい使用方法ですが、ミィナ・グロウは「すでに薄めてあるので大丈夫です」と言いました。国王はその言葉を信じて一気に飲み干し、苦しみながら息絶えました。その様子は王の傍に控えていた四人の近衛兵が目撃しています」
「ああっなんていうこと……あの女は生かしておけないわ! どう考えても反逆罪よ! 裁判なんていらないからさっさと死刑にしなさい!」
死刑! 死刑!! 死刑!!!
「静粛に! 静粛に! 薬の精製経緯は?」
より大きな声で発言をした女性の声に触発されて裁判所内の死刑を望む声が増えるが裁判長によって静まる。それでもヒソヒソとした声が聞こえてくる。
「ミィナ・グロウの家から日記帳が見つかりました。一年ほど前から書いているようで最後の日付は暗殺をした日です。それでは重要な部分のみ抜粋して読み上げます」
「よろしい。皆さん、静粛に願います」
【参考資料:薬師の日記】
『王国歴1007年08月01日』
国王から依頼が来た。
知名度もない、知り合いも少ない私にこの世で一番偉い国王が直々に依頼してくるなんて何かの間違いじゃないか? と思った。
でも間違いじゃなくて、国王は「薬師ミィナ・グロウ、其方の力を借りたい。この効果を持つ薬を作ってほしい。むろん材料と手順書は持ってきた。予備も山ほどあるから心配は無用だ。この薬は成功率が低く、精製に成功した者は過去に一人しか存在しない。それも遥か昔のことだ。余は、可能であれば生きているうちにこの薬を使用したい。もちろん我が国民たちにも振る舞いたいと思っている。わかるだろう? これは命令だ。其方の一生を使い果たすまで、全身全霊で取り組むがよい」
拒否することはできない。国王は私の人生を決めてしまった。さらに国王は毎日の生活費もくれた。額は貴族階級の人達と同等らしい。大きすぎる金額にめまいがする。貧乏家庭で育った私には刺激が強すぎる。
『王国歴1007年08月02日』
本当にこの材料で薬ができるのだろうか?
国王から貰った材料はトカゲの血液とアルコールと植物の液汁のみ。植物の液汁からはきついアンモニア臭が漂ってくる。一体何の植物が使われているのだろう。
国王は帰り際に「この材料で国民がみな幸せになる薬を作れる」と言っていた。あらゆる苦しみから解放されて頭がハッピーになる薬を作れってことだ。
たった三つの材料で過去に一人しか成功していない薬を生涯かけて作れとか……国王は正気なんだろうか。日記だけの話で誰にも言うつもりはないけど、もう九十歳だしボケているのかもしれない。
『王国歴1007年08月05日』
何度試しても上手くいかないから気分転換に外出した。数少ない薬師仲間のおばあちゃんに会ったから長々とお話してしまった。驚いたことにおばあちゃんも国王から命令を受けていた。なんでも国王は国中の薬師に薬の精製依頼をしていたらしい。私だけが特別じゃなかった。ちょっと落ち込んだ。
進捗を聞いてみるとやっぱり上手くいってなかった。おばあちゃんは凄腕の薬師だけどやっぱりたった三つの材料だけでは作れないようだ。過去に一度だけ成功した事例……タイムスリップできたら良かったのに。
『王国歴1007年12月09日』から『王国歴より前の時代』へ
私は運が良い。運を全て使い果たしたと言っていいだろう。なんと大魔法使いに会えた上にタイムスリップの許可まで貰ったのだ。彼は世界一の魔法使いだから過去の世界に飛ぶのもお手の物だ。
四ヶ月ほど毎日薬の精製をしていたけど全く成果が出ないことにしびれを切らしてしまいダメもとで頼み込んだところ、高齢の国王が求める薬が気になると快く了承してくれたのだ。彼は興味のあることでしか動かないから本当にラッキーだ。初めて薬作りに感謝した。過去に行けるなんて夢のようだ。そんなわけで私は過去の世界で日記を書いている。これからたった一人の成功者に会いにいく。
『王国歴より前の時代』
欠けていた材料がわかった。やっぱり三つでは足りなかったのだ。不足していたのは生き物が生きられないほど綺麗な水だ。あまりにも綺麗すぎる水の中では息ができない。一滴でも体内に入ってしまったら瞬く間に死を迎える――小さい頃に何度も聞いた子供向けの怖いお話だ。おとぎ話だと思っていたけど本当に存在していたなんて。
さっそくその水はどこで採取できるか聞いてみた。成功者は渋々といった様子で教えてくれた。
『王国歴1007年12月10日』
大魔法使いのおかげで大量の水を確保できた。限られた人しか使えない魔法って本当にすごい。私も魔法使いとして生まれたかった。
ちなみに大魔法使いの興味は水の方へ移って薬の方はすっかりどうでもよくなってしまったようだ。早く帰りたそうにしていたからさっさと帰ることにした。
帰ってきてすぐ水を入れた容器にラベルを貼る。誤って飲んでしまわないためだ。これでよし。明日から再び薬の精製に入ろう。今度こそ成功させるんだ。
『王国歴1007年12月11日』
ついに完成した。国王から貰った材料に綺麗な水を足しただけで完成してしまった。資料に記されていた通りの琥珀色、食欲をそそられる甘い香り――この液体を飲んだら本当にハッピーになれるのだろうか。幸せになりたくないわけじゃないけどなんだかちょっと怖い。
このまま飲むと綺麗な水が原因で死んでしまうけど、普通の水を入れて薄めれば問題なく飲めると資料に記されている。なんと雨水でも良いらしい。量は薬の半分くらいだ。
『王国歴1007年12月17日』
いきなり人に使うのは怖かったから動物実験をして数日様子を見た。そしたら動物は明らかに機嫌がよくなり、何が起きても歓喜の声を上げ続けたのだ。薬を投与してからずっと眠ることなく喜びの声を上げて遊んでいる。もしかしたら死ぬまでこの状態なのかもしれない。
知能も低下していた。以前はちゃんと容器から餌を食べていたのに、全然餌を食べなくなった。餌をおもちゃと思い込んでいるのだ。私の手で無理にでも食べさせないといずれ餓死してしまう。動物は確かに幸せそうに見える。でも……もし、薬を国中の人が飲んだら……。
『王国歴1007年12月18日』
選択しないといけない。私の前には二つの道がある。一つは国王に薬を渡して国民を幸せにさせる滅亡の道、もう一つは渡さず反逆罪になる道。反逆罪は良くて一生牢獄、最悪その場で死刑だ。ちなみに今の国王が即位してから反逆罪になった人で牢獄に入れられた人数はゼロだ。正気を保ったまま死にたくないな。
三日後には定期監査の兵士がやってくる。隠し通すのは無理だ。国王お抱えの探知魔法専門の魔法使いも一緒にやってくるのだ。彼らは薬の資料を読み込んでいるから特徴を元に探し出してしまう。魔法は対象を知っていると精度が上昇するのだ。
『王国歴1007年12月19日』
道は二つしかないと思っていた。でもまだ道がある。そう、正気を失くせばいいんだ。
『王国歴1007年12月20日』
最後の日記になると思う。これから薬を持って国王に会いにいく。すでに水で薄めてあると嘘を言って渡し、効果が見たいと懇願するのだ。王は使用したいと言っていたのだから飲んでくれるはず。
そして国王が倒れたら周囲に控えている兵士が私を捕まえようと殺到するだろう。だから捕まる前に私も薬を飲む。もちろん水で薄めてある。どうせ死ぬなら正気を失った状態で死にたい。
※※※
「日記を書き終えたミィナ・グロウは国王の元へ赴きました。近衛兵の証言によりますと国王は大臣に薬の配布の手配を進めさせ、差し出された薬を一気に飲み干しました。間もなく国王は倒れ、ミィナ・グロウも倒れたと同時に隠し持っていた薬を飲みました。あまりにも一瞬だったので近衛兵は誰一人としてミィナ・グロウを取り押さえられなかったのです。
彼女を確保できたのは全てが終わった後……ミィナ・グロウは笑い、嬉しそうに近衛兵に抱きついたり、床を転げまわったりしました。大人しい少女が急に人が変わったように振る舞う……明らかに異常な行動です。これが幸せになる薬の効果なのです」
お酒を遥かに超える恐ろしさに身震いをする。若気の至りで大量のお酒を飲んだことを思い出す。記憶が抜け落ちていて、一緒にいた友人からは「まるで猿みたいだった」と言われた。
「彼女は今も牢獄の中で楽しそうに過ごしています。自分の世話は当然できません。誰かが介護しないと生きられない状態です。以上が薬師ミィナ・グロウの顛末です」
国中の人達の脳機能が退化していたら人類は滅亡必須。ミィナ・グロウはその身をもって薬の恐ろしさを伝えたのだ。
「彼女は我々を救った英雄でもある……そう捉えることも可能じゃないでしょうか。しかし彼女は道を誤ったのです。もっと高度な教育を受けていたら、場合によっては国王より立場が上の存在を頼っていたはず。そう、司法です。国王であれど裁判にかけられるのです」
自分が大魔法使いならタイムスリップをして彼女に高度な教育をさせていただろう。正しい道を歩ませたい――そう思うぐらい自分はすっかりミィナ・グロウに入れ込んでいた。
大魔法使いは興味を持たないかぎり他人のために動かない。過去の改変は大魔法使いの興味を持たせられるだろうか。
「以上を考慮して薬師ミィナ・グロウの判決を言い渡す!」
裁判長が声を張り上げる。
「彼女は英雄である! しかし国王を暗殺した反逆者でもある! よって死刑は免除、今後は正常に戻すための実験対象者として過ごしてもらう!」
こうしてウェイ国王暗殺事件は幕を閉じた。
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