鏡のなかの

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 最初は玩具の笛を買ってもらった時のこと。  縁日の屋台で売っていた、首にぶら下げる紐のついているホイッスルを、今思えばいかにも子ども向けに安っぽくしたものだった。  鮮やかなカラーバリエーションで、五色くらいあったと思う。側面にはそれぞれの色で異なる動物のイラストが入っていた。  四歳の私は迷っていた。  うさぎの絵のついた愛らしいピンクの笛と、ひよこの絵のついた元気いっぱいな黄色の笛。  迷いに迷って、ピンクの方を選んだ。蛍光色に近い非常に明るいピンク色だった。  買った笛はそのまま首から吊り下げて歩いた。吹いて鳴らすとみっともないと母に窘められたので、家に帰るまで、ほぼネックレスのような飾りとして身に着けていた。それでも、笛を首から下げる出で立ちが、保育園の先生が体操の時間にしていた格好とお揃いだ、と思って浮かれ、音を鳴らすことができなくても満足していた。  うきうきした気持ちで家路につき、洗面所へ向かった。紐のついた笛を大人のアイテムだと思っていた私は、それで装った自分の姿を眺めたいという思いで、背伸びをして洗面台の鏡を覗き込んだ。  ところが、とても不可解なことが起きていた。  買ってもらった笛。可愛い笛。大事に持ち帰ってきた笛。  その色は――――黄色。  あれは驚き以上の、ショックに近い感情だったのだろう。言葉も出なかった。頭のなかは溢れかえるほどの「?」でいっぱいだった。  どうして?  私が選んだのはピンクの笛。にっこり笑っているうさぎの絵がついたピンクの笛。自分で選んで、お店のお兄さんから受け取ったのに。嬉しくて吹いたらお母さんに怒られて、それからずっと首に下げていたはずなのに。  鏡のなかで起きていることが信じられなくて、首から紐を外して手に取って、その笛をまじまじと見つめて確かめた――――やっぱり黄色だった。  どこで間違えた? どこで入れ替わった?  どういうわけか、欲しくて選んだ色がいつの間にか変わってしまったことが、とてもとても悲しかった。  けれども、それを誰にも言ってはいけない気がしたし、涙も出なかった。
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