疑似デート

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疑似デート

 毎晩、夜は勉強を教えてくれた。私への対価としての彼なりの優しさなのかもしれないけれど――厳しい。  鋭い目つきで鬼教官の如く叩き込まれる。  蒼くんは地頭がいいから、呑み込みが早い。だから、できない私のような人間のことがあまり理解できないらしい。 「おまえ、こんな問題もわかんないのか」  と言いつつ、何とかわかりやすく説明してくれる。  数学の応用問題あたりだと、何度か聞いてなんとか解ける問題も多々ある。 「今回のヒロインは、まさに勉強が苦手なポンコツ女子だからリアルな状況が書きやすいな」 「ちなみに、そのヒロインと主人公って結ばれるんだよね?」 「結ばれないけど」  あっさり否定される。 「どんなに好きになっても、好きになってもらえない恋愛っていうのもありかなって思って」 「何それ、全然今までの泣ける系ハッピーエンドじゃないじゃん」 「ちゃんと伏線回収できるようにしてるから、最後は泣けるよ」 「空野奏多ファンとしては、ハッピーエンド希望なのに」 「恋によってはハッピーエンドになるかどうかなんてわかんないだろ。現実なら尚更だ。はい、ここの問題を解いて、解き終わったら声かけろよ」  蒼くんはパソコンに向かって、小説を書いているみたいだ。  一番緊張するのは蒼くんの部屋で勉強している事。  協力の対価としてはあまりにも甘辛すぎる。  甘いは、好きな人と一緒にいられることだけれど。  辛いは、蒼くんの勉強に対する指導の厳しさだ。  教え方は上手なんだけれど、私の理解力がそこまで追い付いていないから、彼を苛立たせることも多々ある。  それでも、なんとか丁寧に教えようとしてくれる蒼くんの誠実さに惹かれる。  小説を書いている蒼くんの横顔はとても真剣できれいだ。  真摯に向き合う姿は誰よりもかっこいい。  再会して最初こそ、がっかりしたというか変化に戸惑ったけれど、彼のことを知るともっと魅力を感じた。  父が代わるという家族の変化にも負けず、見知らぬ他人の家に居候という環境にも負けず。  この人は、人一番努力家で辛抱強い王子様なのかもしれないと惚れ惚れする。 「手が動いてないぞ。ちゃんと解け」 「ちょっと、見惚れてました」  正直者になろうと思う。言葉にすることによって、せめてこの人に私の気持ちが届けばいい。超鈍感王子様なのだから。 「なんだよ、きもちわりーな」 「ひどーい、私の顔はたしかに、美優ほどかわいくないし、世間一般からみたら、多く見積もって中の上。いや、中の中くらいだと思うけどさ」  蒼くんが笑う。 「自分で中の上とか言うか?」 「少し盛ってみただけで、本当は中の下だということはわかっているから」  頬が赤らむ。 「別に、俺は美優と比べてなんていないし、世間一般基準と比べてもいないから卑屈になるな」 「だって、蒼くんは美男子で私といたら不釣り合いだっていわれる容姿をしてるよ。スクールカースト最上位の蒼くんと私が一緒にいること自体、おかしいよ」 「その考え方、おかしいと思うけどな。だいたい、スクールカーストって何だよ。誰が分類してるんだよ。容姿だって、誰が良し悪しを決めてるんだ?」 「……」  何も答えられない。世間一般的な考えだと思い込んでいた。  スクールカーストや容姿の分類なんて自分が決めつけていただけ?  きっと周囲も同じことを考えているだろうとは思う。  でも、スクールカーストなんて、誰が決めたなんて聞いたことがあるわけでもない。  自分自身の思い込みだった?  蒼くんのそういった考え方はとてもまっすぐで好きだな。  いけない。また、好きなポイントが増えてるよ。  小説を書きながら、こちらを向いて蒼くんが私を見つめる。 「明日の土曜日疑似デートな」  決定事項という言い方をする。相変わらず自分勝手な人。  疑似という言葉がなかったらどんなに嬉しいだろうか。  疑似というのは小説のリアル感を出すためだから、仕方がない。  そうでなければ誘われることもないだろう。  実際暇で何も予定はない。 「土曜日、予定あったかな……」  一応もったいぶってみる。 「どうせ暇人なんだから、俺のために空けとけよ」  この言い方、俺様王子様だなぁ。でも、蒼くんだから許せてしまう自分が情けない。 「でも、どこに行くの?」 「そうだな、遊園地とかどうだ? あまりうちの学校の生徒もいないだろうし」 「たしかに街中だと誰に会うかわからないよね」 「俺は別に誰に会っても構わねーけど、おまえが人目が気になるんだろ。俺は頼んでいる立場だし、学校で嫌な思いをさせたいとは思わないからさ」 「意外と配慮があるというか、優しいね」 「俺の次回作はおまえにかかっていると言っても過言ではないからな」 「空野奏多の次回作が私にかかっている……」  嬉しくて照れくさい。 「お前の仕草、すげえ参考になる。わかりやすい顔するからな」 「だって、ずっと蒼くんのことを好きだと思って生きてきたんだもん。その人と、一緒に住んで一緒に勉強して一緒に出掛けるなんてうれしいでしょ」 「最近、ちょっとずつ素直になってきたんじゃねーの?」 「恋愛超鈍感男には、ちゃんと言葉で伝えたほうがいいかなって。それが、空野奏多の新作につながるわけでしょ」  蒼くんの指が私のおでこに触れる。  優しい目をして私の前髪をかき分けて目をみつめる。  ドキドキがとまらない。このまま瞳を閉じたほうがいいだろうか。 「なぁ、こういうシチュエーションってどんな感じ?」 「もしかして、小説のネタでこんなことしたの?」 「こんなことって前髪に触れただけだろ」  そう言われると身も蓋もないが、実際かなり距離が近づいたような気がした。  もしかして、蒼くんも私のことを意識してくれているのかなって思ったのに。 「前髪に触れられた感想ね。指がおでこにふれるときゅんと胸が弾むんだよね。胸がしめつけられそうになって、これからどう動いたらいいかわからなくなったっていう感じ」 「なるほど。きゅんかぁ。いい擬音語だな。一言で色々なものが詰まってる言葉だよ」  小説のネタで平然とこういうことができるなんて、犯罪だ。  心の泥棒に値する。って本人は微塵も感じてもいないみたい。  でも、ここまで恋愛に無関心というか鈍感だと他に好きな人ができそうもないから、安心だな。 「明日、一緒に出発な」  そう言われてから、急いでクローゼットを漁る。  もっと前に言われていたらそのために服を買っていたのに。  急すぎるから、デート用の服なんてもっていない。  どういうのが好みかな。  やっぱりボーイッシュよりは女性らしいワンピースとかレースがついたような服のほうが男の子としては魅力を感じるかな。  普段は家の中であまりワンピースを着るのも不自然で、デニムなどのパンツスタイルが多い。  だから、普段とは違う自分を見せたいな。  でも、思ったよりもかわいい服がなくて、あれこれ考える。上下の組合せも考えてみた。  ブラウスにフレアスカート。こういうのも悪くないかも。   「風呂、先に入ったから、どうぞ」  蒼くんの声が聞こえる。 「はーい」  下に行くと、リビングで濡れ髪のまま麦茶を飲む蒼くんがいる。  やっぱり、かっこいい。  いつも長い前髪とば別でおでこ全開状態。  おでこを出してもかっこいい人はかっこいいんだなと納得する。  イケメンの特権。どんな髪型でもかっこいいということだ。  それに比べて私の場合、おでこはなるべく出さないほうが二割くらいはマシな気がする。  広すぎるおでこと顔のパーツの比率がコンプレックス。  ニキビが割とできやすい肌質もコンプレックス。  そして、極めつけは太りやすい体質かもしれないこと。  甘いもの好きだから、つい食べすぎるとてきめん体重に現れてしまう。  今のところ、すぐに気をつければ代謝がいい十代ゆえなんとかセーフというところだ。  蒼くんは特に甘いものが好きでもないみたいだし、食べることが大好きでもないみたいだし、太ることもないのかな。  じっとみつめていると目があう。 「もしかして、風呂上がりの姿に見とれてた?」  冗談じみた本気顔で言う。いじわるな人だ。 「別に……少しばかり見ていただけよ」 「俺のあとは、おまえがふろに入るんだから、間接風呂みたいな感じか」  間接風呂? 初めて聞いた言葉だけれど、間接キスみたいな意味合いだろうか? 「はい、この麦茶飲んでみて」 「ん……?」  何もわからずごくりと飲んでみる。 「こーいうのって間接キスっていうらしいぞ」  かあーっと顔が熱くなる。私、無意識に誘導されたの?  親がいない隙を見計らってそんなことをしてくるなんて不意打ちだ。  しかも、顔立ちは芸能事務所に所属していると言われてもおかしいくらいの美形。 「初めての間接キスの味はいかがかな?」  わざと丁寧な言葉を使う。 「ちょっと、ただの麦茶の味に決まっているでしょ」 「うーん、そこはもっと文学的にきれいな感じの表現がないわけ?」  また小説のネタかぁ。常に頭は小説のことでいっぱいなんだな。売れっ子の人気小説家なのだから、当然のことだ。 「でも、不意打ちの間接キスはありえないでしょ」 「一般的にはイチゴ味とかミント味とかっていうよな」 「これがサイダーだったら、サイダーの味っていうけどね」 「それ、いいかも。初恋の味はサイダーの味っていうのも響きがいいよな」 「まぁ、麦茶の味よりかっこいいというか、爽やかな印象だよね」 「ファン第一号だし、一番の協力者であるおまえには、一番最初に次回作を読んでもらう権限を与える」 「うれしい!!」  思わず嬉しくて残った麦茶を飲み干す。 「麦茶、全部飲んじまったのか」 「はい……すみません。って蒼くんが私に勝手に渡して来たんでしょ」  向こうの部屋からお母さんの声がする。 「羽留。早くお風呂に入りなさいよ」  蒼くんが耳打ちする。 「今日の風呂は青空の下の樹木の香りがするから」  にやりと笑う。今日、私が屋上で昼休みに述べた言葉を引用している。  たしかに、蒼くんのお風呂のあとだから、彼の香りがすることは否めないけれど……。  好きな匂いなんだ。落ち着く香り。でも、絶対にそんなこと本人には言えないけれど。 「いつも私をからかって、おもしろいの?」 「おもしろいよ。おまえって本当に顔に出やすいからからかい甲斐があるってもんだよな」  ケラケラ笑う。蒼くんの笑顔はいつもどこかいたずらを含んでいる笑いだ。  その後、入浴すると、青空の下の樹木の香りが本当にした。蒼くんがいないときはしなかった香りだ。  これが最近はあたりまえになっているけれど、今後はいつかは別な家に引っ越してしまう。今の関係は難しいのだろうな。  入浴しながら一抹の寂しさにおそわれる。  でも、幸せに包まれている方が割合としては高い。  まるで蒼くんに包まれているみたいで、どんな入浴剤よりも疲れを癒す効果がてきめんだ。  入浴後も明日のアクセサリーや髪飾りの選別、洋服のコーディネートですっかり深夜になってしまう。  普段を知っているから、こんなにおしゃれをしても意味がないのかもしれない。  でも、いつもとは違う自分を見てほしいという気持ちもある。  たとえそれが疑似恋愛で疑似デートだとしても、偽りだとしても、私の好きは本物だから、舞い上がってしまう。  翌日は両親は早めに仕事に出かけてしまい、二人で遅めの朝食をとる。  蒼くんはコーヒーだけでいいという。 「俺、本当は朝飯食わない主義なんだよ」 「嘘? いつもお母さんの朝食は最高だって完食してるじゃん?」 「俺のために作ってくれたものは無理してでも完食するんだよ」 「猫をかぶっていただけってこと?」 「居候の身だからさ。少しでも相手に合わせたいって思ってる」  彼なりに気を遣っているのかあ。たしかに、いつも大人の前では丁寧で礼儀正しい人間だもんな。  私の前では、かなり横柄な態度を取られるけれど。 「時間が早いから、遊園地とアクアリウムが両方あるから、どっちも行けるしな」 「疑似デートっていう割には本人が一番楽しんでるのね」 「俺、あそこには行ってみたかったんだけど、一人で行くのも浮いた感じしてたし。受験生だったし、執筆があったし。今日ようやく行けるってわけだ」 「はいはい。私は丁度行くのに便利な置き物みたいな感じね」 「そう、卑屈な顔をするな。眉間にしわを寄せると歳とってから、しわが刻まれちまうぞ。ちなみにデートって零次っていうやつとはしたことはあるのか?」  意外にも私に興味を持ってくれてたりして。ってきっとネタのために情報収集してるんだろうけれど。 「カフェに行ったり、一緒に帰ったことはあるけど。デートって程でもないかな。美優とデートは結構してるんでしょ」 「デートの定義がわかんないけど、俺に恋愛感情がないから、出かけたとしても、特別なことでもなんでもないんだよな」  蒼くんはどうでもいいような口調で言い放つ。なぜかそれが私の心を苛立たせた。  多分、美優と自分を重ねてしまったのかもしれない。  一緒に出掛けても特別なことでもなんでもない。  こんな言葉を投げかけられたら絶対に悲しい。 「ちょっと、それって失礼だと思う。仮にも相手は本気で好きだといってくれているのなら本気で答えなさいよ。蒼くんは女心っていうものが全然わかってないんだから」  つい立ち上がって憤りをあらわにする。 「そりゃあ、今日の疑似デートだって特別なことでもなんでもないんだろうけどね」  じっと立ち上がった私のことを見上げる蒼くん。上から見る蒼くんもなかなかにかわいいと感じている私はアホだ。 「俺にとっては結構特別なことだよ。おまえみたいに何でもはっきり怒ったり意見する女は周囲にいなかったし。空野奏多を純粋に好きだと言ってくれた女もいなかった。大ファンだと言ってくれる本音で何でも言ってくれる人と出かけるっていうのは初めてだからさ」  なによ、ちょっと期待させるようなことを言わないでほしい。  美優の足元にも及ばない私。  ふと、昨日の言葉を思い出す。 「その考え方、おかしいと思うけどな。だいたい、スクールカーストって何だよ。誰が分類してるんだよ。容姿だって、誰が良し悪しを決めてるんだ?」  確かに、蒼くんは美優と私を比べる発言はしていない。上下を言ったこともない。どっちが美しくて秀でているかなんて私が勝手に思っているだけだ。 「じゃあ、蒼くんの初めてのデートは私ってことで」  にこりとしてみる。 「デートか、まぁそうかもな」  え? 否定しないんだ。そこは絶対断固否定されるかと思っていた。驚きだ。 「早速、着替えて出かけるぞ」  一緒にいて心地いい感じ。でも、少しばかり恥ずかしくてくすぐったい感じ。  憧れの人と、(仮)の初デート。仮でも何でもいいや。   「おまたせ」  昨日一生懸命考えたコーディネートは結果的に春色パステルカラーの薄ピンクのフレアスカートと白いブラウスに薄手のカーディガン。  全体的に春色を意識した。淡い色のほうが私のような色白には合うと雑誌に書いてあったからだ。  髪の毛には学校ではつけないリボンがついたヘアゴムを結ぶ。  全体的に長めの髪はおろすけれど、くるりんぱで時短の髪型を作る。 「おまえ、それ、昨日必死で考えた服装だったりする?」 「必死ってわけじゃないけれど――まぁそれなりにはね」 「否定しないところが素直でよろしい」  蒼くんはというと、全体的に爽やかという感じだ。白いTシャツに黒いスキニーデニムパンツ。  これは、足が長くて細くないと絶対に似合わないという印象だ。  白いTシャツの上には、青いワイシャツを羽織っている。 「青、似合うね」 「そうか。名前が蒼だからな」 「青色と蒼くんの名前って何が違うの?」 「水や空など、自然界にある澄んだ青。信号の緑色を青信号というように、緑色も青。野菜の青物も青だ。実際は緑色でも、青色として一般的に言われているものが意外とあるらしい。藍色や群青色などの濃い青色も青。で、俺の名前の方は、草木などの深い青色を差すらしい。日本の伝統色の「蒼色」は青色ではなく緑色らしい。なんでこの漢字にしたのかというと、漢字がカッコいいと思ったからだってさ。単純なんだよ」 「もしかして、名付けたのはお父さん?」 「ああ。そうだよ」 「一緒に住まないの?」 「住む予定はないな」  蒼くんのお父さんは自由奔放すぎて、仕事もすぐに辞めてしまう人だったらしい。ちょくちょく転職していたと聞いた。  芸術家として本当は食べていきたかったらしいけれど、それだけで生活はできなくて離婚したらしい。  今は新しい妻がいる。 「絵を描く人だから、きっと色の名前にしたのかもしれないね」  お父さんの話には触れたくないのかもしれない。無言になる。 「なぁ、初デートってどんな気分?」 「早速取材かぁ」 「やっぱり生で意見を聞くのが一番リアルだから」 「本当に取材熱心だなぁ。そうだね。とりあえず、ワクワクする。今日一日、蒼くんとどんな一日が過ごせるのかとっても楽しみだし」 「そっちはどうなの?」 「俺かよ? リアルな声が聞けるのはまたとないチャンスって思ってるけど」 「そうじゃなくて、普通に私と出かけることに対してだよ」 「よくわかんないけど、行きたい場所だったから楽しみではあるな」 「それじゃあ、誰でもいいってことじゃん」 「まぁ、遊園地とアクアリウムに行くだけなら、誰でもいいとなるな」  あからさまに不機嫌な顔をする。 「悪い悪い。おまえじゃないと、今回の作品は書けないと思うんだよ。今、若干スランプ中なんだ」  手を合わせながら、視線を下に向ける。 「空野奏多ほどの人でも、スランプってあるの?」 「ある程度作品を書いていくと、自分の中のネタを使い切った感じがあってさ。より良い作品を書きたい、前作よりもいい作品を書きたいと思うと、慎重になってしまう自分がいる。実体験がないと新境地も拓けないと思うし」  意外だった。完璧で勉強も友達関係も全てそつなくこなす人だと思っていたけれど、今、壁にぶち当たっていたのか。  だから、私なんかに身分を明かしてまでお願いしてきたのかもしれない。  一番のファンだからこそ助言できることもあるかもしれない。  電車に乗って、遊園地に向かうまで、私たちの会話は途切れたり気まずくなることはなかった。  自然に会話が生まれて流れていく感じだ。  幼なじみだからだろうか。  太陽の下の蒼くんの髪の毛はいつもより茶色く見えて、サラサラした感じがさらに増す。  髪の毛も傷んでいなくて、つやがある。肌同様美しいな。 「作品を作るって更に欲が増すんだよな。高みを目指したいというかさ。だから、つい、もっといいものを書きたいっていう欲が出て、次回作が慎重になっているんだ」 「じゃあ、気分転換ってことで。今日は楽しもうよ。取材も兼ねて一石二鳥でしょ」 「じゃあ、あのジェットコースターからいってみようか」 「私、絶叫系苦手なんだけど……」  冷や汗が浮かぶ。 「俺が隣にいるから、大丈夫」  何よそれ、嬉しいセリフを言われると何かを期待してしまう。  あっちとしては何も深い意味がないとしても、深い意味として受け取ってしまう。  手を引っ張られる。手をつなぐわけではないけれど、手を持たれた感じ。  手のぬくもりが温かい。  繋がっているっていうのはこういうことを言うのかもしれない。  心が繋がっているわけではないけれど、手だけでも繋がっていたい。  超苦手な絶叫系ジェットコースターに乗り、私の手は確実に震え冷たくなっていた。 「本当に苦手なんだな」  気を遣ってくれたのか、手をほどかずにいてくれる。  苦手なジェットコースターに乗るのと、蒼くんとの手つなぎどちらがいいかと言われたら、手つなぎがいいに決まっている。  あっという間に怖いと思っていた時間は過ぎていた。  ジェットコースターは上昇して急降下をして、ぐるぐる回った。  でも、体感としては数分も乗っていたのかどうかわからないくらい、風のように過ぎていった。  降りると地面がゆらゆらしていて、ふらついてしまう。 「ったく、仕方のない奴だ。あそこのベンチで休むぞ」 「蒼くんは平気なの?」 「こーいうの大好きだ」  本当に楽しそうな顔をする。 「よかった」 「何がだよ?」 「蒼くんが思いの外楽しそうだから、今日ここにきてよかったと思ったの」 「おまえって、自分が楽しいっていう基準じゃなくて、他人を中心に考えるんだな。俺とは全然違う。これも、キャラクターの参考になるな」 「私、友達が多い方じゃないし、特別モテるわけでもない。つまり、相手に合わせないと一人ぼっちになっちゃうでしょ。だから、自然とそういった考えになるのかも」 「小さい時からそうだったのか?」 「どうかな。気づいたら、いつのまにかそうなっていたんだと思う」  ベンチに座ると、蒼くんが持参したペットボトルを二本取り出す。 「今日は間接キスじゃないからがっかりするなよ」 「もう、すぐそーいうこというんだから」  私は顔を赤らめながら、昨日の夜を思い出す。  ただ、同じコップの麦茶を飲んだだけ。  でも、間接キスと言われると変に意識してしまう。  今日は、スポーツドリンクだ。 「今日は結構日差しが強いから、熱中症対策でスポーツドリンク持ってきた」 「用意がいいよね」 「おまえは自分の身だしなみで忙しそうだったからな」 「また、そーいうことをいう」  悪意のないからかいが心地いい。  ずっと疑似デートできたらいいのに。  こう思っているのは私だけなのだということは重々承知だ。 「次は、海賊船にするか?」 「ちょっとそれは……どうせならば、コーヒーカップでお願いします」 「オッケー」  一日パスポートを購入しているので、一日乗り放題だ。  高校生なので学割もある。  割と経済的かも、なんて思う。  コーヒーカップに向かい合って乗ったのはいいけれど、蒼くんはぐるぐるハンドルを回して高速回転をかける。  私は目がぐるぐるまわって平衡感覚がなくなってしまった。  漫画で描くならば、目はぐるぐる巻いた状態になっていたと思う。 「やっぱりエキサイティングじゃないとアトラクションはつまらないからなぁ」 「だったら、お化け屋敷のほうがいいかも」  ホラーが得意ではないけれど、体感系の恐怖より怖くはないような気がしていた。 「まぁ、いいけど」  どこか気が乗らなそうな蒼くん。 「やっぱり、スカイジェットにしないか? 上から急降下する乗り物」 「そんなに怖い乗り物は絶対に嫌。っていうかお化け屋敷が怖いとか?」 「そんなわけないだろ。おまえ、自分の意見、俺には言うようになったな」  蒼くんは顔に出さいないけれど、何となく無意識のうちに嫌なのだろうという様子は伝わってきた。  お化け屋敷の蒼くんも見てみたい。私にしか見せない顔を知りたい。 「さぁ、まずはお化け屋敷に行こうね」 「まじかよ」  すごく嫌そうな声があからさまだ。 「怖かったら、私が手をつないであげるから大丈夫」 「あのなー」  半ば諦めと苦笑いが入り混じる。  少し歩くと、お化け屋敷が見えた。  蒼くんの足取りが重い。  やっぱりホラー系は苦手なのかも。  手に触れると汗ばんだ感じがする。  恋人つなぎをして、誘導する。  蒼くんは恋人つなぎになっていることすら気づいていないようで、周囲を警戒している。  フーフーという幽霊のようなフクロウのような声が聞こえ、急に何かが飛び出たかと思うとこうもりだった。  もちろん、作り物だから、明るいところで見たら全然怖くないのだろうけれど、薄暗い上に照明も絶妙な色あいにしている。  だから恐怖度はかなり増加する。五割増しといったところかもしれない。  こうもりが飛び出ると、蒼くんは 「わぁ!!!!」  と驚いた声を出していた。弱点発見。 「蒼くんにも弱点があったのね。ヘタレ男子として小説ネタに使えるかもよ」 「うるさい。今のはちょっと急だったから驚いただけだって」  自然と恋人つなぎになっていたのだけれど、蒼くんは怖いらしくほどこうとはしない。  もしかして、超怖がりで私が頼られている?  横にいる蒼くんを見ると、これから何が起こるかかなり警戒している様子だ。  怖がりなのは本当なのだろう。本人は認めないけれど。  やはり繋いだ手をふりほどかない。  まぁ、この状況を楽しんでしまおうと思う私は多分おばけが怖くないらしい。  ドラキュラの人形が佇んでいるだけで、蒼くんは私に抱きつく。  ドキリとするけれど、今の蒼くんにはバレるほど余裕はなさそうだ。  勝手に恋としてドキドキしている私と、おばけにドキドキしている蒼くん。  実に対照的だなぁ。 「ほら、しっかりしなさいよ」 「ドラキュラがいるぞ」 「ただの人形だってば」 「あれは本物だろ」    白い影が横切る。幽霊のような演出を光で行うらしい。  蒼くんの指は震えながら、光を指さす。 「あれ、幽霊じゃね?」 「幽霊の演出ね」 「きっとここには本物が住んでるんだって」  視覚と聴覚で恐怖心というのはこんなにも煽られるのだと実感する。  少しばかり暗い場所で、怖い耳障りな音。  蒼くんはこのシチュエーションが超苦手らしい。  でも、こんなにも完璧ではない蒼くんが見られたのはラッキーだったな。  手をつないでいることすらも忘れている蒼くんと心地いいと感じている私。  意外と通路は長く迷路のようだ。 「ここ、広くないか? 出口はまだかよ」 「蒼くん、やっぱり怖いんだ? さっき、私に抱きついてきたもんね」 「うるせー」  半ば認めざるおえないからか、それ以上蒼くんは何も言わなかった。  必死に握る大きな手が愛おしいと思う私は恋に恋しているのだろうか。  まだ、本当の恋なんてわからない。  でも、好きだと思う気持ちはたしかにここにある。  隣にいる蒼くんを守りたい。一緒にいたい。好きになってもらいたい。  特に最後の好きになってもらいたいは、到底無理なことだと思う。  ずっと片思いだとしても、見返りなんて求めないから、好きでいさせてほしい。  声が好き。肌のぬくもりが好き。瞳が好き。髪の毛が好き。筋肉の付き方も背の高さも全部好き。  好きなポイントを挙げたらもっともっとある。きりがない。  こんな乙女チックなことを幽霊がうめくお化け屋敷の中で考える私は、相当痛い存在かもしれない。  でも、恋は盲目っていうから、周囲のことなんて見えないんだよね。  光が見える。出口だろう。  最後の最後に、ゾンビのようなものが頭上から落下して驚かす。  これには私も結構驚いた。  作り物にしては結構グロテスクで、本物のような質感だ。  蒼くんは、というと――一瞬固まってしまったが、出口に向かって恋人つなぎでダッシュする。 「ようやく、ミッションコンプリートしたな」  こんな短距離なのに息切れしている。  ふと我に返ったらしく、私との恋人つなぎをしている手を見つめていた。 「あれ? 俺、手をつないだっけ?」 「うん」 「そっか。悪かったな」 「怖いの苦手なんだねー」 「今まではあえて挑戦しなかったんだけどさ。お化け屋敷は思った以上に苦手らしい」 「認めた!! なんだか意外だなぁ」 「正直認めたくないけど、結構ビビっていたのはバレてるしさ」 「今日はいいものみれたから、後はアクアリウムでランチしようか」 「そうだな。正直しんどい。行くぞ」  でも、蒼くんはあえて手を離さなかった。  この距離が少しでも心地いいと思ってくれたら幸いだ。            
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