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「そろそろ時間だわ」
たぶん、あたしがここに来てから十五分位経った頃、おばあさんが呟く。たぶん、というのは、この部屋に時計が一つも無かったから。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。遠慮がちに三回。
おばあさんはやっぱり、と言う。
「ありがとう。とても楽しかったわ」
そう言うとおばあさんはすっと立ち、ドアへ向かう。手に持っていたオルゴールを椅子において。
それは滑るようになめらかな動きで、とても足が悪い人の動きには見えなかった。
『滑るようになめらかな』。これは比喩表現でも目の錯覚でも無かった。おばあさんは浮いていたのだ。
最初に失礼ながら思ったことは本当だったらしい。
「久しぶりの里帰りだったの」
にっこりと笑ったおばあさんは、ドアの隙間から差し出されている手を取って部屋を出ていく。
オルゴールが鳴り続ける部屋のドアが静かに閉じた。
*
ドアが閉まり、気づくとオルゴールの音は消えていた。
あたしは我に返り、おばあさんの出ていったドアを開く。すると、シャンデリアには蜘蛛の巣がはり、階段の手摺は壊れている。
夢かと思ったあたしの前には、おばあさんが抱えていたオルゴールが、ボロボロの姿で椅子の上に置かれている。
窓から見える傾いた夕日を見て、思ったより時間が経っていることに気づく。外に出てみると、最初とは違い、外の伸び放題の蔦とホコリだらけの内装に違和感は感じなかった。
あたしは家路を急いだ。
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