47人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
四話
本家の入り口に着いた。いつ見ても大きなお屋敷だ。
チャイムを鳴らすとすぐに、お手伝いさんが出てきてくれた。
「ようこそ月希様。お母様、お疲れ様でございました。こちらまでで結構でございます。ここからは月希様だけどうぞ」
「月希……」
お母さんは泣き出しそうな顔と声で、ぼくの手を離したくないようだった。
「お母さん、またね。ぼく行ってくる。お兄ちゃんだもん、お利口に出来るよ。そしたらまたすぐ会えるでしょう?」
「月希………そう、そうよね。またすぐに……」
「うん。行ってきます」
何度もぼくの名前を呼ぶお母さんを背に、本家に入った。
あんなに名前呼ばれたらさ、永遠のお別れみたいじゃないか。
同じ島内の歩ける範囲にいるのに。大袈裟だなってお手伝いさん達に笑われちゃうよ、…嬉しいけどさ。
日本家屋の大きな引き戸の玄関を開けてもらうと、そこは異界のようだ。ぼくの普段の生活とは全く違う場所。
長くてキシキシいう廊下を、出迎えてくれたお手伝いさんに連れられ進んでいくと、「月希様いらっしゃいませ」「月希様ようこそ」「月希様…」
あちらこちらから声がかかる。
みんな同じ着物を着て、同じような割烹着?を着て、同じように月希様ようこそみたいに声をかけられてると、みんな同じ人に見えてきて、やっぱり異界に来たみたいだな…と思った。
それに、様って呼ばれるのはなんか変な感じ。ぼく、別に偉い人じゃないのに。
真っ直ぐの廊下を歩いて行き止まりの所にある襖をお手伝いさんが開けた。
「美智様。月希様がいらっしゃいました」
「うん。入りな」
「月希様。中にいらっしゃるのは長(おさ)の代理の美智様よ。では私はこの辺で」
「あっ、はい。案内ありがとうございました!」
お手伝いさんにペコリと頭を下げて部屋の中を向くと、中には、確かに見た事のあるおばさんがいた。真っ黒くて真っ直ぐな髪は腰より下まであり、お手伝いさん達より高級そうな着物を着ている。
「さっ、どうぞ」
美智さんの向かいの座布団を指さされたので、そちらに座る。
美智さんは散々観察するようにぼくを見て大きなため息をついた。
「はぁぁぁぁ、私はこれを禁忌だと思ってるから嫌なんだよなぁぁ。嫌っつったって今の母さんには私の声が届きやしないし…。月希と言ったね。これは多分月希の年の子供に言って分かる儀式じゃないんだ。身体の力を抜いて流れにまかせていればどうにかなるとは思う。抵抗したらした分辛い思いをする。そう思っといて。儀式の前に泉の建屋の地下から泉に行き身体を清めておいで。さっき案内してくれた人がこの部屋の外で待ってるはずだから」
「はい、分かりました」
「早口で説明したけど大丈夫そ?」
「はい」
「ん。月希は良い子に育ってるね。じゃぁ行っておいで。またね…」
廊下に出た月希の姿が見えなくなってから美智は言う。
「母さん、私はあんな小さな子を依り代にするの嫌なんだよ。可哀想に。可哀想な月希………ごめんよ……」
最初のコメントを投稿しよう!