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真っ白いライトに真っ向から照らされる。
ぼくらの背後には数軒の家しかない、袋小路。誰も通せない。
「すみませーん、通行止めです!」
威嚇めいたエンジン音をさせて近づいてくる車に、先輩が誘導用の反射棒をを振りながら向かっていく。
シュッとした意識高い系っぽい車の窓が開いて、小太りの運転手がぬらっと顔を出した。
仕事帰りの中年親父サラリーマンか。淡いブルーのYシャツの詰め襟の上に肉が乗っていて、窮屈そう。
「この先にお住まいですか」
「そうだよ。住民に説明もなく、いきなり夜から工事とか、おかしいだろ」
先輩は笑顔のまま、車の前に回った。ナンバープレートに反射棒をかざし、「誠に申し訳ございません」と深々、頭を下げる。
そうか、「わ」ナンバーじゃないかとか、本当にこの辺りの住まいなのか、とか、色々確認してるんだ。勉強になる。ぼくは土地勘ないから、見てもどうせわからないだろうけど。
「先ほど近隣の方から、『道に穴が空いている』と通報を受けまして。陥没の可能性があるので、今夜のうちに応急処置だけでもと。警察などとも連携して動いています」
すごい、「警察」なんて言っていいのか! ハッタリだとわかっていてもビビる。
運転手が舌打ちした。「いや、夜の9時から工事するか、フツー?」とごねたが、これは捨て台詞みたいなもんだ。ぼくにもわかる。
「長くても1時間ほどで終わりますので、そこまでお待たせはしないかと。今は工事車両の到着待ちです」
「仕方ないな、飯でも食ってくるか……」
思わず、「すげえ」と口に出していた。車がすれ違えないくらい狭い道で、Uターンもできないから、先輩は小走りで車の背後に回って、バックの誘導に当たる。反射棒がライトセーバーみたいに、ぶんぶん回る。
プロだ。ここまで丁寧に対応しろなんて、マニュアルになかった!
突っ立っていただけなのに、緊張で汗がすごい。ヘルメットと手袋の中が大洪水だ。襟口のボタンを緩めると、湿った空気がもわっと立ち上がった。
深呼吸したら少し落ち着いたけど、辺りが無音過ぎて、鼓動が漏れている気がする。静かなパニック状態だ。さっきから何度も、同じ電柱を人影と見間違えているくらいには。
「対応完了!」
軽快なスキップの音が、夜の高級住宅地に響く。先輩は「工事中につき、通行できません」の光る立て板をはさんで、ぼくの反対に立った。二人がかりでとおせんぼ、これが基本形態だ。
見れば、ブレーキランプはすっかり遠ざかって、曲がり角を右折していく。これでひと安心。
「お疲れ様っした!」
ヘルメットを取ってお辞儀。さっき、ここへ来るためのバンの中で初めて会った人だけど、すっかり信頼していた。カリスマアニキって感じ。
金髪で、ピアスをかなり開けてて、パッと見チャラ男だけど、肩幅が広くて筋肉あるし、振る舞いが妙に堂々としている。すごい。普段は何をしている人なのか、気になる。
「この仕事、長いんすか?」
先輩がこめかみをかきながら、「この界隈なら、まあまあ古株かもな」と呟いた。
「すごかったです。ぼく、マニュアル読んだはずなのに、一文字も出てこなかった……確かに、ガレージが空いてる家がひとつあるけど、本当に住人帰ってくると思わないじゃないすか」
「誰でも最初はそんなもんよ。こういう時のための二人一組だし」
にっ、と笑って、サムズアップ。こんなキザなポーズが似合う人、テレビ以外で見たことない。
不思議だ。コミュ力があって、ミスしても怒らなくて、すらすら言葉が出てくるような人が、どうしてこんな仕事をしている? 言っちゃ悪いけど、ここは掃き溜めじゃないか。
「この仕事やる目的って、金すか?」
「それ以外に何あんの? 一回でも結構な額だからなぁ……下手すりゃ、今回みたいに30分とかで終わるし」
反射棒を夜空にかざして、先輩は吐き捨てた。やっぱりそうなんだ。
「普通のバイトとか、日雇いと比べものにならないっていうか。しかも、こんな風に立ってるだけでいいし。金銭感覚バグってきます」
「まじめに働くのもバカらしくなるぜ? と言いつつ俺……この現場を最後に引退するんだ」
「え!」
慌てて口を覆う。めちゃくちゃ響き渡った。
さすがに先輩も、しーっ、しーっ、と必死でぼくに詰め寄ってきた。ゴキブリを踏んだような顔をして。
最寄りの曲がり角に突き当たるまで、一本道の両脇には一軒家がぎっしりだ。うるさくして警察を呼ばれたらシャレにならない。
数秒、息を止めて辺りをうかがう。誰も出てこない。一瞬、人に見えた気がしたのは電柱だ。そこいらの家の灯りが新しく点いたり、消えたりしていない、はず。
「あれよ、『数奇な運命』ってやつだな。新顔と、ベテランの千秋楽が重なるなんてさ。せいぜい俺からノウハウを盗んでいけ、青年よ! 大志で道を拓け!……だっけ?」
一瞬、なんの話をしていたか忘れていた。先輩があんまりにも、けろっとしているから。
そうだった。この人、もう引退か。いいな。ぼくも、金貯めてさっさとやめたい。人生を棒に振る前に。
「大きい声で言えないですけど自分、ちょっと後悔してて。やばい道、選んだんじゃないかって」
「あー、だから俺とペア組まされたんじゃね? 悩み聞いてもらえ、的な」
意外と気が利くというか、福利厚生? がしっかりしているところだ。これはいわゆる、「メンター制度」か。がっつり使わせてもらおう。
なんでやめるのか、そもそも、やめようとすればやめられるのか。
詰め寄ると、胸を軽く押し返された。「一個ずつな」と宥められ、定位置に戻る。
「斡旋された仕事を十数件やって、まとまった金は稼げたから、そろそろ普通の暮らしに戻るんだ」
「……戻る?」
聞けば少し前まで、高級ブランド店の警備員をやっていたらしい。
嘘だとは疑わなかった。立ち方がしゃんとしているし、反射棒の扱いも並みじゃない。
それがどうして、こんなところで働いているんだろう。
「でも責任ヤバいし、キッツいのに金は全然! 割に合わなすぎて去年、辞めた。彼女いるんだけど言えてなくてさー」
「え、ヤバくないですか。良い年して無職とか」
「……言うねえ。実際、超ヤバい。日雇いの棒立ち警備のバイトはしてるけど、バレてんじゃないかって毎日ヒヤヒヤもんだよ。俺も彼女も30だから、結婚の圧すごいし」
先輩が、腹を押さえる仕草をした。胃に穴が空きそうなんだろう。ぼくもつられて、同じところが痛む気がした。
「けど、おかげで借金返せたし、新生活に必要な諸経費は手に入った。これ終わって帰ったら、彼女にプロポーズする。んで、仕事辞めたって白状して、転職活動する」
「それって『オレ……この戦いが終わったら、結婚するんだ』ってやつ!」
「ちょ! 死亡フラグ立てんな!」
けらけら笑って反射棒を振りかざしてくる先輩に応戦する。一回り上の先輩と、深夜の住宅街のど真ん中でチャンバラごっこ。なんだこれ。笑いを堪えるのが大変だ。
肩を抱かれ、「緊張ほぐれたか?」と聞かれる。状況を思い出した途端、また電柱を人だと勘違いして悲鳴を上げそうになった。でも、大分マシだ。
「あざっす! 先輩の彼女さん、いいなー。……あ、でも、プロポーズされてもなぁ、仕事辞めたって言われたら、さめません?」
「おい」
いきなり胸を突き飛ばされて、尻餅をついた。状況を理解する前に、とりあえずの「すみません」が口を衝いて出る。
ヤバい。マズった。ヤバい! 殴られるかも! しゃがみこんで頭を抱える。ヘルメットを被っていたのを忘れていた。顔を守った方がいい。
「ちょっとツッコんだだけじゃんか。大げさだなあ」
肩を優しく叩かれ、半強制的に立たされる。前髪の隙間から盗み見た先輩は、ニコニコしていた。
――さっきまでの笑顔と同じ、には見えない。きゅっと無理に引き上げられてる口角とか目尻とか、全部目につく。次に怒らせたら、本気のライトセーバーを食らいそう。持っている反射棒が、ぐっと重くなった。
早く帰りたい。いつになったら迎えは来るんだ。これだけ辺りは静まり返っているのに、すぐ後ろの「現場」から何の音も聞こえない。この人と、ここに取り残されているんじゃないかと気が気じゃない。長くても30分で終わると聞いていたのに。
「まあ、指摘はごもっともだ。だからこそ今日、俺は覚悟をもってこの場に立っているのだよ新人くん」
先輩は、ぼくの腰や尻、膝を手で軽くはたいて、汚れを落としてくれた。
「俺、本当はこの前の仕事で最後にする予定だったの。でも、今日ここに入ったら、報酬割り増ししてくれるって言われてさ!」
話が本当なら、マジで金払いがいい。それだけ儲かっている、つまり一個一個の案件が成功しているんだ。だからきっと、今回も大丈夫。こうして立っているだけで、全てがうまくいくはず。
大学生活は始まったばかり、4年もこの仕事を続ければ金が相当貯まるはず。そうなれば、金持ち社会人人生のスタートだ!
「割り増し後の金、すっごいぞ~。『退職金』だって言ってもバレない! それで彼女の心はグッと、こう、掴めるわけ。『頑張ってきたけど、体力的にキツいし、一緒にいられる時間がなかなか取れないのが寂しい』って泣きついて、だめ押しにこう言うのさ」
手招きされる。言われるまま案内板に背中をつけたら、顎の下に反射棒をねじこまれた。
嫌でも顔と視線が上向く。待ち構えていた黒目が、にゅっと歪んだ。
「『俺が辞めても、店は他の誰かが守るけど、きみのことは俺しか守れないだろ?』……ってさ」
「げ、激サムいっすー」
この反応で合っていたみたいだ。先輩は「そうそう! そうやって、ごまかされてくれればいいかなって」と、ますます得意そうにしている。
壁ドンならぬ、板ドンから解放されて、こっそり溜め息を吐いた。本当に、早く終わらないかな。最初は好印象だったけど、この先輩、やっぱり嫌だ。
「そういや、お前は何なの? 見たとこ学生だろ」
「うす。世間の苦労も知らない、暇な大学生っす」
「自分に対しても一言多いのな」
親や、クラスメイトたちからも似たようなことを言われた気がする。「余計なこと言わなきゃ生きてられないのか」とか、「人を怒らせる天才」だとか。どっちも的はずれだ。ぼくはそんなつもりじゃないのに。
けど、いつの間にか人に嫌われて、距離を置かれるから、最近は一人でいるようにしている。SNSに、動画、アニメ、映画、漫画。タダで見られるそれなりのものが溢れ返っていて、適当に眺めていれば飛ぶように一日が過ぎていくから助かる。
でも、本当にやりたいことがない。それを見つけ出すのは面倒。見つけてきてくれる誰かを探すのも、面倒。
とりあえず金があって困ることはないし、「タダで見られるそれなり」からは卒業できると思った。
「暇つぶしにゆるーく働いて、いっぱい稼ぐ方法をネットで探したら『立ってるだけで高収入』って触れ込み見つけて、ここに」
「俺もそんな感じだったわー」
「けど窓口の人とやりとりしてるうちに、あー、これってもしかして、最近よくニュースになってる事件に関係してるんじゃないかって思いつつ、引き返せなかったっす」
バンの運転手兼、説明人に「やっぱり降りたい」とは、言った。だめだったけど。
厳密には、この前送った保険証の写しをちらつかされて、諦めるしかなかった。さすがにばらまかれるのは困る。
個人情報を得体の知れない相手に渡すとか、本当にどうかしてた。でも取り戻せない以上、稼ぎまくるしかない。
「俺もさぁ、仕事受けた後で気付いた。だから最初は、短期でガッツリ稼ぐつもりだったんよ。『現場』やれば、一回でもっと高い金が入るじゃん? けどさぁ、こんな俺でも、超えちゃいけないラインってのは見えててなぁ」
そう、「現場」。いつになったら、迎えは来る。今すぐ帰りたい。
ぼくたちがここで通行止めを始めてから、20分くらい経つ。一回くらい、状況を知らせてくるのが普通じゃないのか。
「そっちの世界に完全に踏み込まないようにって、引き際残しながらとなると、やっぱ多少かかるんだわ。中途半端に稼ぐと使っちまうしなー」
「……うす」
「段々元気なくなってくなー。ま、大丈夫だって。もしなんかあってパクられても、俺が脅してやらせてた、ってサツに言ってやっから。罪悪感持ったって足しになんねえし、明るいこと考えときな。金の使い道とかさ」
「捕まるのは怖いってだけで、罪悪感は別にないです。金は貯めます」
夢がねえ、と背を叩かれる。殴り返したくなった。貯金して何が悪い。30にもなって無職で、恋人を騙している男に言われたくない。
こんなヤツに警備員が務まるなんて、本当に世も末だ。
「俺なんか、ばあちゃんの手術代も払ってやったんだぜ。超感謝されたわ」
「へえ。強盗に協力して人から奪った金だって、ちゃんと言ったんすか」
また、どつかれる。今度は踏ん張った。「マジで一言多いんだよ」。もう一度、胸を押される。絶対に退かない。
「自分は人ん家上がり込んで、荒らし回ってるわけじゃないから、もらうのはきれいな金だって? そんな都合のいいこと、あるわけないでしょ」
「てめぇ……ビビって何の役にも立たねえクズのくせに! 俺みたいに今すぐ金が必要じゃないんなら、ガキらしく普通のバイトで地道に稼げよ!」
「静かにしましょうよ」
真っ赤な顔のまま、先輩が口ごもる。
全身が心臓になったみたいだ。どこもかしこも熱くてジンジンする。いつ殴られるか気が気じゃなくて、一拍ごとに飛び跳ねそう。
けど言い返せた。こんなクソ野郎を、一瞬でも立派な人間だと思っていたなんて。
「上に報告してやる。俺みたいな古株を敵に回したこと、後悔させて」
真っ白いライトに真っ向から照らされる。先輩と二人して、目をつぶった。
白黒ボディの車がやってくる。とうとう、迎えが来たのか!
「ウソだろ、ここ巡回ルートだって聞いてねえぞ」
先輩の言葉を受けてようやく、何が近づいてきているかわかった。迎えの黒塗りのバンじゃない。パトカーだ。
昔テレビで見た、有名なサメ映画を思い出す。水面から生えている背びれがゆっくり迫ってくる、あのシーン。音楽も聞こえてきそう。
「こちら『警備員』。『現場』へ告ぐ。パトが一台接近中。至急指示を」
いきなり、先輩が耳に手を当ててぶつぶつ言い出す。「現場」とつながる通信機が、先輩にだけ渡されているのか。ずるいなんて思う余裕はない。
反射棒を落としたけど拾えない。少しでも動けば尻餅をつく。絶対に。
待っても「現場」から返事がないのか、先輩が舌打ちをした。「堂々としてろよ」と言い残し、ぺらぺらの笑顔を取り出す。
「こーんばんはー」
先輩が声を張り上げると、パトカーが速度を緩め、ぼくたちの目前で止まった。
運転席の扉が開く。細い足がにゅっと伸びて、長身の若い警官が出てきた。苦手な目だ。物理的にただ、見下してきているだけじゃない。
歩み寄っていく先輩の後ろで、にやにやするしかなかった。
「見ての通り通行止めで」
「工事予定なんかないの、知ってるから」
一言目がそれ。先輩の笑顔が破ける。
「あのねえ、『警察』なんて言葉、迂闊に出すんじゃないよ。住民から所轄に問い合わせ来て、計画に支障出たわ。調べりゃすぐ、嘘だってバレんの」
意味不明な説明の最中に、パトカーが一台増えた。その後ろにも、さらにその後ろにも。一本道がすし詰め状態。
パトカーの大群なんか、通行止めにできない!
「はいはい、手短に済ませよう。お前らの取り分、俺の財布に入ることになってるんで」
「えっ」
訳がわからない。思わず声を漏らした瞬間、先輩がいきなり振り返った。ぼくを押し退け、パトカーとは逆方向へ走っていく。
すぐ行き止まりなのに、ついていくしか道がない。
「無駄だよ、付近にこっそり緊急配備かけてるからー! 『すみませーん、この先通行止めですー』ってねー」
茶化すような警官の声が追いかけてくる。壁を背に、先輩はまだ「現場」に呼び掛けていたが、いきなりイヤホンとトランシーバーをかなぐり捨てて踏みつけた。
「くそっ、切られた!」
「え、え!?」
「バカ、俺たちは捨てられたんだよ! 『現場』はとっくに撤収してる!」
「どうやって!? 車は戻ってきてないのに!」
「こういうデケぇ家にはさ、表口と裏口があんのよ」
先輩と二人して飛び上がる。警官がゆっくり追い付いてきて「こっちは表口な。裏口から最寄りの道路まで、人力だけで荷物運び出して逃げたよ」と呟いた。
――こいつはいったい、さっきから何を言っているんだ?
「うわっ」
いきなり突き飛ばされる。弾みで警官の前に倒れ込んだ。
振り向くと、先輩は「現場」に選ばれた家の門を押し開けていた。裏門から自分だけ逃げるつもりだ。
警官がぼくの肩を押さえながら、「えー、表口から1名逃走。そちらへ行くはずですので、確保願います」と、誰かに指示を出す。ぞろぞろと、他の警官も追い付いてきた。ざっと10人くらい。先輩は逃げきれないだろう。ぼくもか。現実味はないけど、人生、これで詰んだ。ジタバタしても無駄だ。
座り込んだら、ぼくを捕まえている一人が、真剣な顔つきで周囲を見回した。
「ここは自分だけで大丈夫ですので、逃げた一人の追跡と、家の被害状況確認をお願いします。住民は昨日から旅行へ出ており、留守とのことなので、人的被害はないかと。電話で安否確認済みです」
警官たちがまばらに返事して、ぼくたちを追い抜かしていく。半分くらいが「現場」を取り囲み、もう半分が、開いたきりの門を抜けて敷地内に入っていく。
黙って耳を澄ませた。警官に追い付かれたら、先輩の悲鳴が響いてくるはず。
さっさと捕まれ、捕まれよ。お前だけ助かるなんて許さない。行き止まりの向こう側なんか、ないんだ。
「言ってくれなかったねぇ、あのお兄さん。『俺が脅してやらせてた、ってサツに言ってやっから』……だっけ?」
視線を上げる。警官の顔が近くにあった。ギョロついた目が、えぐり込むように覗き込んでくる。
「通信機に盗聴機仕込んでたから筒抜けなの。ちょろーっと上手い汁吸ったら足洗って真っ当な世界に戻りたい、とかさぁ……おめでたいねえ」
首根っこをひっつかまれ、パトカーまで引きずられる。抵抗する余地もなく、後部座席に放り込まれた。
警官が隣に乗り込んできたその時、無線通信が聞こえた。
『強盗の被害状況は現在調査中。犯行に関わったグループは依然逃走中、経路の割り出しと防犯カメラ映像の確認を……』
「ムリムリ、今からじゃ遅い」
くつくつと、喉奥を鳴らすように警官が笑う。こいつは、さっきから何を言っているんだ?
背筋がゾクゾクしてくる。警官がぼくを見た。「まーだわかってなさそうだな」と、口許を歪めて。
「『現場』が逃げおおせて、お前らだけ取り残されたタイミングで警察が来るとか、示し合わせてなきゃ無理に決まってんだろ。お前ら二人、最初から切られる予定だったの。露骨にやめたがってて、面倒なにおいするからさ」
「え、警察……じゃ、ない……?」
「警察ですとも。二足のわらじってだけ」
にっこり笑って敬礼。様になっている。信じられないくらい。
理解が追い付かない。なんだこれ。警察内部にまで仲間を送り込んでいるのか?
そんな集団に、刃向かえるわけがない。
「言っとくけど、取り調べで俺のこと売ろうとしても無駄だよ。お前の言葉なんか誰も信じない。当然だろ、犯罪集団の下っ端と警官だぞ? なめんな」
突き飛ばされて、背後の窓に頭をぶつけた。
ようやく目が覚める。本当の本当に、バカだった。「道に立つだけで高収入」なんて、あるわけなかったのに。
『えー、現場から報告。逃走中の一名を確保。既に捕縛済みの1名から脅されていて仕方なくやっていた、などと話しており……』
通信を聞き、警官が膝を叩いて「ざまあねえなあ!」と吐き捨てる。
もう、笑うしかない。人間は、追い詰められるとこうなるのか。学ぶのが遅すぎた。
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