縄文人を名乗る男

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縄文人を名乗る男

 オレの先祖はきっと縄文人だ。  ひ弱な弥生人なんかじゃない。  毛深く四角い輪郭、二重の大きな目と高い鼻に厚いくちびる、高い身体能力と筋肉質な体つき、あきらかに特徴が一致する。花粉症でもないし、耳垢も湿っている。  そしてなにより狩りを好む。まさにオレじゃんって思う。 「ええか、(おさむ)。世の中『狩人(かりうど)』か『(しし)』かや。テメェで喰う肉はテメェで狩らなあかんぞ。——野菜?わしゃあ(くさ)っぱは好かん」  そんなじいちゃんも最期は熊に喰われた。  所詮は『肉』だったということだろう。  はじめての狩りは小学生のころだ。  偏屈なババアが飼っていた猫だった。  バットでボコボコにして庭に捨ててやった。  そのあとすぐババアはくたばった。 ——あれ? バットでボコったのはババアの方だったか。猫は川に捨てた気もする。よく覚えていない。 「坂田、きみは罪を償うべきだ」 『クツベラ』みたいな苗字の同級生に、クソみたいな説教をされたが無視した。  弥生人顔の言葉に耳を貸す必要はない。  田舎に比べ都会は楽園だった。  女を口説けばイチコロだったし、相手にされなくても二、三発殴れば言うことを聞いた。  旦那の前で人妻を犯すのは愉快だった。  そのあと旦那もたっぷり可愛がってやった。  人を()()じるのは気分が良かった。  選ばれしもの——王のスポーツなのだ。  狩りのときはいつも、ぬらぬら縄文人の血が騒いだ。  この誇り高い狩猟民族の血が。 ——【罪人をライカンスロープの刑に処す】  いつだったか家に届いてすぐ塵紙(ちりがみ)にした真紅(しんく)の手紙に書いてあった文句ではなかったか。    気がつくと暗い場所にいた。  おれの縄文本能が危険を告げている。  恐怖しているのだ。死を。  月明かりだけが、うすぼんやりと照らしている。森だろうか木々が茂っている。やけに視界が悪い。なにか顔に被せられている?  アンモニアに近い()えた刺激臭が強烈に鼻をついた。  その瞬間オレは唐突に悟った。 ——自分も『肉』にすぎないのだと。  最期に見たのは、獰猛な獣の捕食者たる(かお)だった。  
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