ライカンスロープの女

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ライカンスロープの女

 はい、マルコは私の洗礼名です。母方の祖父が熱心なクリスチャンでしてね。アニメのキャラクターを彷彿とするせいか、子供の頃からあだ名のように呼ばれていました。  葬式の後、夫の書斎で『リスト』をみつけました。リストにはたくさん幼いこどもの個人情報が書かれていて、そこに娘の名前がありました。心底、忌々しい、腑が煮えるような話です。私たちの大切な娘が変態どもの餌食にされたんです。刑事さんお子さんは? 独身? じゃあわからないかもしれませんね。  『リスト』には子供たち『商品データ』のほかに『顧客データ』もありました。あの汚らわしい獣どもの名が記されていましたよ。  夫が復讐を誓ったことは同封された手紙に書いてありました。それはまるで遺書のようでした。無念だったでしょう。  夫も娘も、奴らに殺されたんです。  カトリックの古い風習で、罪を償わない者を『狼』として仮面を被せ、満月の夜に食料や水はもたせず深い森に放つ刑罰があったそうです。罪人たち何年もの間、暗闇の森をあてもなく彷徨い続けさせたのです。  SNSで騒がれている狼男の画像も彼らのうち誰かでしょう。  各地に伝わる狼男の伝承は、案外こんな慣習から生まれたのかもしれませんね。  家族を失った私の人生はまさに暗い森を彷徨い続けるようなものでした。 ——あの鬼畜たちに同じ苦しみを味あわせたい。  その一心でした。  弁護士さんには裁判で不利になるから心象はよく保つように言われましたが、後悔はしていません。殺せてよかったです。  犬の仮面を作りました。彼ほどうまくはできませんでしたが、クズどもの尊厳を奪うには丁度いい出来でした。  やつらを運ぶのには車も使いました。眠らせるために睡眠薬も——。 そして、刑を執行しました。使ったのはデソモルヒネです。——ご存じないですか? 粗悪な鎮痛剤とガソリンを混ぜたものです。中毒性が高いわりに安価で手に入るので、貧民街ではポピュラーな麻薬の一種です。——ただ、副作用が壮絶なんですね。別名クロコダイルなんて呼ばれているんです。打った先から体が壊死して、まるでワニに肉を削がれたようになるんですよ。どうです? 怖いでしょ? 食料もなく飢えに喘ぎながら、体は劇薬に蝕まれ激痛に耐え、悪い視界の中、熊や猪などの野生動物に追い回されながら苦しむ。——鬼畜生のクズどもには相応しい罰だと思いませんか? ねぇ刑事さん。——でもね、秘書はともかく、あの政治家はまだ生きている。それは心残りです。まあ『リスト』が表に出ればあのクズも終わりでしょうけどね。それだけが今は楽しみなんです。
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