仮面をつくる男

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仮面をつくる男

 ベタだが、幼いころのぼくはヒーローに憧れていた。 『なつひこ』と書いたビニール人形が宝物だった。  TVの中でかっこいい仮面で正体を隠し悪をくじく姿に、心躍らせた。  現在、Natsuhiko Sokabe名義でマスクアーティストとして個展をひらくまでになれたのは、幼いころのあこがれが根底にあるのではないかと思う。 「夏彦の作品は芸術としてひとを虜にする魔性の力があるわ」 (あおい)はいつもぼくを陰から励ましてくれた。かけがえないひとだ。ワイングラスを傾ける。葵が焼いた牛フィレにボルドーが舌先でマッチする。 「葵がいてくれるからこそだよ。——真の芸術は孤独からしか生まれない。なんていうけど、あれは嘘だね。ぼくはこんなにも幸せなんだから」 「ふふ。——私、あなたには作りたいものを作ってほしいの」 「じゃあ、今一番作りたいもの聞いてくれるかい?」 「うん、聞かせて? 次はどんなモチーフの仮面(マスク)なの? 虎か、それとも(しゃち)とか」 「どちらもいいね——。でも、ちがうんだ」 「そっか、じゃあ、夏彦が作りたいのはどんな作品なの?」 「葵、ぼくはね、きみとしあわせな家庭を作りたい」 「え? それって」 「結婚しよう——」  返答代わりに葵がくちびるをぼくに重ねた。 理性を失いかけながら(たしかに鯱はいいかもしれない)なんて考えた。その後、酔いのせいもあり、本能に身を任せるまで時間はかからなかった。アトリエの電気を消す。  『結婚は長い刑罰だ』なんて、どこかで哲学者が言いそうな台詞だけど、刑の執行が今は待ちどうしくてならない。 ——葵から妊娠を告げられたのは、それから少し経ったころだった。
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