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革靴を新調した男
「クラナッハの作品で有名なのは教科書にも載っている宗教改革で有名なマルティン・ルターの肖像ですよね、そして彼の作品には『狼人間』を題材にした作品があります」
相変わらずの能面顔で沓宮の表情は読めないが、今日のためにおろしたイタリア製の黒い牛革の靴が光る。足音はさながら、ご機嫌な小太鼓のようだ。
「沓宮さんお詳しいんですね。ええ『赤子を喰う狼人間』という有名な作品です」
それは死体が散乱する中、四つん這いになった毛深い男の姿を描いた木版画だった。男は赤子を咥えている。目の当たりにすると、どこか社会風刺的で目を引くものがある。
「今日はクラナッハ展をご一緒できて嬉しいです。まさか日本で見られるなんて……」
「ええ、私も嬉しいですよ——それにしても皮肉ですね」
沓宮は絵画から外した視線を彼女に向ける。
「皮肉……ですか?」
「ええ、まる子さん、ここはかつてあなたの夫、曽我部夏彦氏が個展を開いたギャラリーですね?」
「沓宮さん、夫のことご存知だったんですか」
「彼は本当に才能あるアーティストでした。彼の作品には生命の息吹があった。世界的評価も高かった。お悔やみ申し上げます」
「そういっていただければ夏彦も浮かばれます」
「いや、旦那さまも悔いていることでしょう、愛するあなたの凶行を止めることができないのだから——」
「何を……おっしゃりたいんですか? 」
「ご存知でしょう——。ウェアウルフ、ウルフマン、ルー・ガルーなど狼男は世界各地、様々な呼び名がありますが、ライカンスロープ——狼人間にだけはメスの個体が存在するんですよ」
沓宮の光沢ある黒の革靴が大理石の床を鳴らし、ギャラリーに響き渡る。徐々に足音は高なり、真実へとその歩を進める。
「『ライカンスロープの刑』と称し、悪人たちを捌いていたのはあなたですよね?
——マルコ曽我部葵さん」
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