[近隣住民の証言4:録音データ]

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[近隣住民の証言4:録音データ]

 あの塀は、父が生前に作ったものです。私が小学生くらいの時だったと思うんですけど。昔は、低い生垣だったんです。それをあんなに高く、ブロックを積み上げちゃって。何かの法律に引っ掛からないかって、母が心配していましたけれど、二メートルくらいまでなら大丈夫みたいですね。  なぜあれを作ったのか? 父は目隠しだって言っていましたけれど。元あった生垣だって、成人の目線の高さくらいはありましたから、それで充分だったと思うんですけどね。でも父は譲らなかったんです。見られるからって。  確かに、外から家の中を覗かれるのは、良い気分はしませんよね。父はそれを異常に気にしていましたけど。  うちの玄関ですか? いえ、あの横向きのアパートの方は、裏口があるだけで、玄関は反対側にありますよ。裏口はもう何年も使っていません。父が、あっちは使うなって言って、裏口をふさいじゃったんですよ。  そういえば、窓もないですね。あのアパートに面した窓も、ふさいであります。……ええ、それも父が。  一種のノイローゼだったんだと思いますよ。一時期、通行人と目が合いすぎるって、やたら文句を言っていたんです。些細なことが気になってしょうがないことって、あるじゃないですか。そういう状態だったんでしょう。  父は晩年、入院先の病院でも、パーテーションをいくつも欲しがっていました。大部屋のベッドを仕切る、目隠しですよ。見られるからって。父は何に見られていたんでしょうね。今となっては、もう分かりません。  ああ、お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですよ。何にも見られていません。父が作ってくれた、塀がありますから。
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