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片桐悠
ただ一言「好きだ」と言うだけで良かったのに散々まごまごした挙句、出てきたのは「これからもよろしく」なんていう無難で曖昧な台詞だった。それが限界だった。
エマのまっすぐなところに憧れた。ずっと彼女みたいになりたくて、勉強会やスピーチ大会を経て少しは近づけた気になっていたけれど、結局最後の最後まで、俺は意気地なしのままだったみたいだ。
大勢の聴衆の前でそれを言えても、目の前の、本当に伝えるべき人には伝えることができないまま。
これからもよろしく。その言葉の中途半端さがそのまま今の俺を表しているような気がした。
「ねぇ、ユウ」
エマの声がする。顔を上げると、彼女のブラウンの瞳が今まで見たことないほどの優しさをたたえて俺を見つめていた。
「よろしくってどういう意味? 友達として? それとも、他に何か良い考えがあるのかしら」
「えっ!? えっと、その」
質問に答える間もなく彼女は大きな一歩で俺との距離を詰め、直後、何かが唇に触れた。
「私、まどろっこしいのは好きじゃないの。……ユウ以外はね」
馬鹿みたいに惚ける俺を置いて今度こそエマは帰って行った。歩き去る背中をぼんやりと眺めつつ、そっと指で唇をなぞる。
帰り際、髪の隙間からほんの一瞬覗いたエマの真っ赤な耳と、唇に残る柔らかな感触。
俺はそれをこの先一生忘れないだろう。
展望デッキに登り小さくなっていく飛行機に手を振りながら、伝えそびれた言葉を声の限り叫び続けた。
数年後、大学を卒業した俺は約束通りアメリカに渡ることになるのだが、その話はまた別の機会に。
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