【鳴海宿】

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【鳴海宿】

 熱田神宮からだいぶ南下してきたが、鳴海までは未だ名古屋の様相だ。最初は互いに饒舌だったが、10キロを超えたあたりからM後輩にも疲労の色が見え始めている。「大将ヶ根」の地名看板を見て、自販機の傍に腰掛けた。 「何か買おう、缶が安い」 「あとどれくらいなンすか」 「20キロ少々くらいあるが」  そうして目に見えてうなだれた。地面を駆け回るアカダニを見ながら、単為生殖について語ったり、あるいは東海道五十三次の終点を想ったり、超人思想だの実存主義だの、おおよそ一貫した話題があったというわけでもなく。私としても、普段一人で歩いているためか、このような同行二人はまた違った体力を要する。それは決して不愉快な類ではなく、弘法大師ともあるいは。中京競馬場を横切り、ようやく豊明市の看板が見えてきて、M後輩は歓喜したが、内心ではまだ豊明なのだ――と思う。しかし名古屋も歩いてみると存外長いものだ。宮宿が随分西方にあるというものもあるが、東海道を実際に歩こうとすると、名古屋を斜めに行くことになる。自然、距離も伸びるだろう。車のナンバーも徐々に移り変わってきた。名古屋から尾張小牧、これからは三河が増えていくことだろう。 「……やッぱり、イカれてるんだ。このヒト」  それに帯同する側も大概ではある。豊明に入って一時間ほど歩いて、駅が見えてきた。四豊明駅だ。これ幸いと駅のロータリーに入り、ベンチに座り込む。自販機で買った炭酸を浴びるように飲んでは、靴を脱ぎ捨てて座り込む。手洗いもある。日陰になる部分だ、この時期ならちょうどいい気温が続くだろう。一人であればここで野宿する可能性もあったが、時間も限られている。岡崎までは――サテ、考えないのが吉だ。 「長いこと歩いてきたな」  既に昼を過ぎて、段々と暑くなってくる時間だ。水分もそうだが、塩分も補給しておきたい。汗がまとわりついて、正直不快指数は高い。手洗いで蛇口を全開にして涼むが、あまり効果はないだろう。 「……足、痛くないンすか」 「痛くはないかな……ソレ、新品って言ってたよな? 裏、どうなったよ」  そうして裏返した靴は既に真っ黒になっていた。もっとも、一回で履き潰す前提で調達するべきと言ったのは私だが――終わる頃には平らになっていることだろう。事実、私の靴がそうだ。 「……やっぱり頭おかしィッて」  名残惜しそうに荷物を背負い直して、私たちはまた歩き出した。
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