【池鯉鮒宿】

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【池鯉鮒宿】

 宿場町であったことを示す石塔を見て、何と読むのだろう――と思ったが、「ちりゅう」らしい。そういえばこのあたりは知立市か。元はこうした名前だったのだろう、などと思いながら歩いていく。ここまできて私も足の裏が痛くなってきたものだが、それよりもリュックを背負っている背中が、肩が痛くなってきた。しかし、流石は東海道と言うだけあって、歩道は整備されている。少し行けばコンビニだの飯屋だのが見つかる。開けた場所に出ると田畑が広がっていることも珍しくはなかったが、時折走り去る名古屋鉄道の本線がかろうじて名古屋の名残りを感じさせた。 「デスメタル聴きます」  そうして、M後輩はイヤホンをしてしまった。一向に構わないが、そういえば二つも三つもイヤホンを持ってきたとか言っていたか。音にこだわれなどと言っていたが――カメラやレンズと同じ感覚だろう。結局何に金をかけるかはその人の価値観次第だ。そういう意味では、歩くという趣味は比較的金のかからない遊びではないか。――いいや、決してそういうわけでもない。節約しようと思えばいくらでもできるが、同時に命をすり減らしてる自覚もするべきだ。強靭たれ、狂人たれ。  しばらく会話がなくなってしまった。疲労もあるだろう。坂道は膝を痛める。橋は風が吹きすさぶ。足の裏は擦り切れて、肩も腰も背中も悲鳴をあげている。しかしせっかく来たのだ、何かしらの学びを得てくれたら儲け者だ。  先立って、名古屋で終電を逃した時のことを思い出していた。某駅のバーで飲んで、終電を逃すと私は酔い覚ましも兼ねて歩いて帰ると言い出すが、――M後輩もそれについてきたこともあったが――これについて、当初は何を言っているのだと本気で思っていたらしい。実際、このように歩いてみて、名古屋市営地下鉄の範囲など散歩の範疇だと気づいたのだと言う。もっともなことだ。六十五キロも百キロも百七十キロも、道が続いている限りは歩いて行ける。
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