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【岡崎宿】
岡崎市に入ったという看板を見て、目に見えて表情が明るくなったM後輩であった。しかし、あくまでも超えたのは市の境だ。安城を超えたあたりから既に足全体が棒のようになっていると言っていたが、どうやら一時的にゾーンに入ったらしい。意気揚々と歩くペースを早めていた。
既に日も傾き始めている。腹に入れているものは液体物ばかりで、腹も減っている。残りの距離を聞いて明らかにげんなりしたが、この先に寿司の店があると調べ、そこまで歩いて休憩しようと提案した。
「……みんな車なンぞ使ってよォ、歩けよォ!」
国道を歩いているため無理もない。東京行きの車が走り去り、名古屋帰りの車が走り去り、あるいは大阪、兵庫、三重、和歌山、滋賀――ゴールデンウィークで帰省するのだろう。考えてみれば、そのような日に歩いて豊橋まで行くと言い出した私も大概、本当に大概である。……誘ったのは私だが、それに同行すると言い出した彼も彼だが。
「いいや、ありがたいものだな」
「何がッすか」
「同行二人」
「俺? 俺の話?」
「そうお前、お前だよ」
「そりゃァ……いや、本当は最初犬山行くって言ってたじゃないスか。犬山かァって思ってたけど、豊橋になって、ちょっと行ってみたいところだったしいいかなって」
「そりゃ、えらい目を見たな。現在進行形で」
「もうめっちゃチート使いたいんですけど!」
「別にいいぞ、俺はどっちにしろ歩くけど……」
「なんで近代文明の利器を使わないんですかァ!」
「本当にチート使っていいんだがな、十分頑張ったと思うぞ?」
M後輩のことだ、皮肉でも他意もなく、本当にそう思って言っているのだと理解はしているのだろう。少し考えて、もう少し行きます、と前を向いた。私は少なからず、心の中で称賛していた。仮に完歩できなくとも、ここで諦めなかったという事実だけでも値千金の価値だ。
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