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【御油宿】
日が沈んできた。風が吹いてきた。道は延々と続いている。夜道になるとこのまま辿り着かないのではないか、という錯覚にも陥る。川橋を渡る。水流は滔々と流れている。もう少し経てば、あたりは真っ暗闇になるだろう。途中から東海道を外れたため、街灯らしい街灯はなくなってしまった。
孤独は感じなかったが、足の痛みと荷物の重さばかりが蓄積していた。肩の骨も調子が良くない。皮膚が擦り切れている感覚がした。
携帯が震える。M後輩だ。
『豊橋着いた!』
そうして、駅の写真が送られてくる。豊橋駅だ。
「どうだった?」
『もう、めっちゃ泣いてます』
「マジかよ! 先にチェックインして休んでいてくれ」
『あい、お先に休みます』
などと返信している私は、残り十五キロを切った地点にいた。到着する頃には八時を回っているだろう。負けていられない、と私も前を向く。
御油宿の松並木は、月に照らされて怪しい影を伸ばしている。かつては旅人の休息所として植えられることもあったらしいが、今となっては街路樹に近い扱いだ。国道一号線の石碑、ここが東海道であるという印を頼りに、東に行く。愛知県も実際に歩こうと思うと横に長いものだ。東海道新幹線の大半は静岡県などと揶揄する者もいたが――実際そうなのだが――新幹線の時間などたかが知れている。徒歩中の時間はトータルで十四時間の目標だったが、十九時間を超える予定だ。
熊野古道を歩いていた時のことを思い出した。――それでもなお、山道を歩くよりはマシなのだ。野垂れ死ぬこともないのだ。
コンビニが見えた。軽く食べられるものと水分補給ができるものだけを買って、食べながら道を確認する。マナーが悪いと知っていても、効率を求めるならばやむなし。ひどく腹は減っていたが、祝杯をあげるならば大量に物を食べておくわけにもいかない。苦行と忍耐、あくまでも旅であり、修行なのだ。ほぼ無心で歩いているうちに伊奈駅の表示が見えてきた。数時間前に彼も歩いたのだろう。同じ距離を私は歩くだけだ。
残り四十分。距離にして六キロ。既に日は沈んでいた。
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