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「兄ちゃん、ドライバー?」  〇時。僕はそろそろ仕事を再開しようと、タバコの先に付いた灰を落としていたところだった。 「え、まあ。そうですけど」 「大変だな、ドライバーは。どこまで行くんだ?」 「僕はこれから仙台まで行きますけど」 「仙台か。遠いな。あそこはたしか、牛タンが美味いんだ。それからずんだもち。懐かしい、懐かしいな」 「そう、なんですね」  急に話しかけてきた相手は、二十八歳の僕よりもずっと年上に見えた。四十代にも見えるし、五十代にも見えた。うねったロン毛、無精髭、はっきりとした目、そこそこ長身、ワインレッドの革ジャン、穴が空いたジーパン、革靴、そして紙タバコ。短髪、髭を綺麗に剃った顔、不安定な目、低身長、作業着、作業着、履き慣れた運動靴という僕とは正反対で、紙タバコ以外の共通点を見出すことはできなかった。  サービスエリアの喫煙所でタバコを吸っていると、たまにおじさんから声をかけられることはあった。しかし僕は社交的ではないから大概はスッと抜け出してしまうのだが、このおじさんは僕を逃さなかった。 「仙台。そうだな、昔は仙台のライブハウスでも演奏したことがあったな。間宮さんってライブハウスの運営者がいて、そいつが結構ヤンキーってか、横暴な人で、俺はそいつと殴り合いになって、結局出禁になったな」  何の話だよ、と突っ込もうか迷ったが、この手のおじさんは凶暴なことが多い。僕まで殴られたらたまったもんじゃないと思い、「そうなんですねえ」と言って苦笑いした。 「兄ちゃんは何を運んでいるんだ?」 「僕は、そうですね。主に家電量販店で売っている商品を運んでいますね」 「ヤマダ電機とかエディオンみたいな店か?」 「そうですね」 「電子レンジとか運んでいるのか?」 「電子レンジはあまりないですけど、テレビとかはありますね。あとはスマー トフォンで使う機器とか、美顔器とか。色々運んでいますよ」  見ず知らずの強面おじさんに何をベラベラ話しているのだろうか。僕は自分の言動が理解できなかった。早く立ち去った方がいい。そう思っているのに、おじさんが話を続けるから僕も居続けてしまう。 「家電か。昔買った電子レンジがすぐに壊れたから家電屋に電話をしたら、保証書はありますかって聞かれたことがあったんだ。そんなもん捨てたって言うと、じゃあ直せませんって言われた。ふざけんなと思った俺は、電子レンジを持って家電屋まで行って、いらねえよこんなもんって言って置いて帰ったことがある。すげえだろう」  おじさんは自慢げに笑うが、もちろん迷惑行為である。決して武勇伝にはならない。さすがに何も言えずにいると、「まあ、若い奴は穏便だからな。俺みたいな人間を軽蔑するだろうよ」と言って、また笑った。 「なあ、兄ちゃん」 「何ですか?」  もう、これ以上は付き合っていられない。「すみません、そろそろ仕事なので」と言ってこの場から逃げよう。 「兄ちゃんは、夢を持って生きているか?」 「え?」  僕は思わず聞き返した。突然話の内容が変わると、人は対処できないことがある。 「夢だよ、夢」 「夢、ですか。夢は、持っていないですね」 「ずっと?」 「いや、昔はありましたけど」 「そうか。しかし、諦めちまったわけか。人生っていう名の旅路のどこかで」   足が動かなかった。きっとこの人に会うことはないから、無視して逃げ去ってしまってもよかった。あるいは「余計なお世話です」と突っぱねて居なくなってもよかった。僕はもっと凶暴でありたかった。しかし、彼の言葉によって僕は固まってしまった。 「俺は今でも夢を追っているんだ。女の子にモテたいって夢を」
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