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「まさか兄ちゃんもプロのシンガーソングライターになる夢を追っていたとは驚きだな」  千葉にある小さなライブハウスで、僕はアコースティックギターをチューニ ングしている。 「なれそうにないですけどね。でも、固定のファンがいるだけありがたいですよ」 「たしかに、俺も固定のファンに支えられたところはあるからな。だから今日だって、俺の還暦祝いライブを開催できるわけだ」 「還暦まで音楽できる人、そうそういないですよ」 「だろうな。俺はもう、自分のことを誇ってもいいかもしれないな」  僕はプロのシンガーソングライターとして活躍する夢を追い続けている。仕事を辞め、今はバイトをしながら積極的な制作活動をして、路上やライブハウスで歌いまくっている。動画投稿サイトやSNSもフル活用しているから、少なからず誰かの耳には届くようになっている。便利な時代だが、それだけライバルも多い。それに相手は若者が多く、感性も柔軟だ。僕みたいに昔の思い出の延長上みたいな歌詞やメロディしか描けない人間は、正直勝ち目はない。何年か活動しているが、プロになれる見込みは無いに等しい。  しかし、僕は鶴岡さんと同じく音楽に触れていることが好きな人間だった。だから一度は追いかけることを諦めた夢も、どこかで残り続けていた。溶け切らない砂糖みたいに、僕の心底に沈殿していた。それが鶴岡さんと出会ったタイミングで浮かび上がってきた。僕はもう一度ギターを弾いて、歌を歌いたい。仕事を中心に組まれた人生という道から離脱してもいい。ルートから外れてもいい。夢を追う旅人として、見果てぬ夢を追い続けたい。 「鶴岡さんは、これからも活動しますよね?」  僕が訊くと、鶴岡さんはにんまりと笑って、「当たり前だろう」と高らかに言った。 「ここで止めたら、俺が俺で無くなる。俺は一生音楽に塗れていたいんだ。音楽と共に死ねたら最高だな」 「ぜひ、死ぬまでステージに立ち続けてください」 「ああ、もちろんだ。俺はまだ、女の子にモテるって夢を叶えちゃいねえからな」 「ぜひ叶えてくださいよ」  僕が言うと、鶴岡さんは「それまで追いかけ続けるさ」と高らかに言い切った。    本日、鶴岡さんは新曲を初披露するという。曲名は、『夢へと続く道』らしい。  そろそろ還暦になる俺は   落ちこぼれと言われ続けた  持ってたギターもいつの間に  錆びて朽ちて腐ってた!  それでも死なない夢がある  負けたくない思いがある  叶わぬ夢でも輝いてると  信じた方が笑えるぜ!  ああ、夢へと続く道を走り  俺は追い続けるんだドリーマー  まだまだやってやるぞ おい  こんなところでくたばってたまるか!  たまるかってんだこのやろう!    
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