雨男

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「映画、終わりましたよ」 声をかけられて、私は跳び起きた。声の主が若い男性だと分かったのと、口の端によだれが垂れているのに気づいたのが同時だったから、顔から火が出そうだった。 顔を隠しながらよだれを拭くのを、男性はそっと目をそらしていてくれた。 映画のエンドロールも終わって、照明が明るくなった。 「あ、ありがとうございます」 「もしよかったら、お茶でも飲みませんか。ここの映画館、喫茶店もやってるんです。和菓子のティーセットがおいしいです」 そんな店があるとは初耳だった。カフェ巡りも趣味の一つだ。 「ぜひ。わたしでよかったら」 私たちは肩を並べて映画館を出た。映画館のわきに、本当に小さな喫茶店があった。 「素敵なお店、近所なのに知らなかった」 「気づかれにくいんです」 男性は困った顔をして、少し笑った。 彼は雨宮(あまみや)と名乗った。まっすぐな黒髪をセンター分けにして丸い眼鏡をかけている。袴を着せたら似合いそうだ、と思った。肌は青みがかっているくらい白い。繊細そうな人だと思った。 注文は雨宮さんがしてくれた。 抹茶と、和菓子のセット。求肥に包んだうぐいす餡がうっすらと透けて見えている。きれいだ。 「『五月の雨』って名前です。雨の中に新緑が芽吹いてる感じ、しませんか?」 「あ、なんか分かる気がします。今の季節にぴったりですね。あたし、雨の日はあまり出歩かないけど、そんな感じしますね」 「よかった」 雨宮さんは微笑んだ。切れ長の目元が、笑うと糸みたいに細くなって、和風男子だと思った。あまり私の周りにいないタイプだなあ。 「雨宮さん、和菓子に詳しいんですか」 「いや、違います。この映画館と喫茶店は、僕の親族が経営してるんです。僕は病弱だから、ここの手伝いをして小遣いもらって暮らしてます。ちょっと恥ずかしいんですけど」 「そんなことないです。ちゃんと経営成り立ってるんだから」 などと話すうちに、また会う約束をしてしまった。次の土曜日に、森林公園のフラワーガーデンにドライブすることにしたのだ。
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