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「あそこの花畑は本当に見事なんですよ。青空にめちゃくちゃ映えるんです」
「でも、僕、名前の通り雨男なんです」
「大丈夫。あたしは晴れ女ですから」
「そうか。日向子さんだもんね」
そう言うと雨宮さんはおかしそうに笑った。じんわりと心にしみこんでくる笑顔だ。今日の雨みたいに。
でも、ドライブの日は雨だった。しとしとと降る雨。こんなの初めてだった。
「ごめんね」
と、雨宮さんが謝った。
「そんな、雨宮さんのせいじゃないです。何とか前線が悪いんです。それに、雨に打たれてうつむいてる花もきれい」
私たちは一つの傘に入っていた。黄色い、大きな傘だ。雲の上から見た人に、ここにも太陽みたいな輝きがありますよ、と伝えられるくらい、明るい黄色。
私たちは、その傘の中でキスをした。私が彼の唇を奪ったのだ。
雨宮さんの唇は思いのほかひんやりとしていて、滑らかだった。今日の雨みたいに優しい。
突然、雨宮さんは顔をそむけた。
「あの・・・いやでしたか?」
「いや、ごめんなさい。僕、こういうのあまり慣れてないんです」
雨宮さんは困っていた。
「でも、うれしかったです。ありがとう」
そう言った笑顔に、嘘はないと思った。
それから私たちは何度かデートした。不思議なことにどんなに天気予報をチェックしても会うときは必ず雨になった。
「おかしいな。あたし、こんなこと初めて」
「言ったでしょ。僕は雨男なんです」
そう言って、雨宮さんが微笑む。彼の微笑みは、柔らかい雨粒みたいにしみこんでくる。たしかに雨宮さんは優しい雨男なのかもしれない。
雨に降られた私たちは、例の映画館で雨宿りした。映画館は雨が印象的な映画を多く上映していた。鑑賞する人も数えるほどしかおらず、どの人の影もひっそりとしていた。私はいつも、ここで映画を見ていると眠ってしまう。いつも、エンドロールが始まって、雨宮さんから起こされるのだ。
「あたし疲れてるのかな?」
目ざめはいつもけだるい。今まで味わったことのない感覚だ。でも、雨宮さんがそばにいてくれると思うと、悪くはない。
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