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ユーリ―の実家は、ソ連時代に作られた古いアパートだ。インテリアは綺麗だが、椅子やソファ、机は古めかしいものだった。
僕がヨーロッパ諸国の歴史を勉強した時、ウクライナは、台湾に似ていると思った。ポーランドやオーストリア、ロシアに占領された過去があるからだ。
だからこそ、ウクライナの言語を勉強して、旅行に来ようと決めた。台湾へ留学に来たユーリ―は、僕の希望を聞くと、喜び勇んでウクライナ語を教えてくれた。
ユーリ―の祖父母は、僕がウクライナ抵抗軍の歴史を記録するために、遠い台湾から来たことを聞いて嬉しそうだった。
僕がソファに座ると、桃とプラムで作ったジュースを渡してくれた。それを飲むと、僕の目は輝いた。
「美味しい!」
「ありがとう。ウクライナ人は、夏、こういうジュースを作るんだよ」
ユーリ―は自慢げに微笑んだ。彼はいつも故郷の食べ物に誇りを持っている。
僕は建前を言ったのではない。台湾では、ジューススタンドがない町はない。台湾人はみんな、飲み物に一家言を持っている。でも、ユーリーの家のジュースは、甘みと酸っぱさのバランスが絶妙だった。こんなにも、飲んでいて飽きないジュースを飲むのは初めてだ。
「それじゃ、ユーリ―、僕の英語を、ウクライナ語に翻訳してね。ウクライナ語を勉強はしたけれどまだ日常語しか喋れないからさ」
「もちろんだよ。僕も、君には台湾で世話になったからね」
ユーリ―は、そう言ってウインクした。
彼の祖父母は、既に七十代の老人だ。茶色の髪は、大部白くなっている。お爺さんは白内障で、片目が見えないようだ。
「先ず、おばあさんはユーリ―の曾祖父、つまり自分のお父さんのことを覚えていますか?」
「覚えてるよ……父さんの顔も声も。子供の頃、彼はよく私と遊んでくれた……でも、戦争が終わった後、母さんは、私には『父さんが戦争で死んでしまった』としか伝えなかった。本当は生きていたのに……」
おばあさんの顔が、悲しそうに曇る。七十年前の事だったが、父親を失った思い出は、まだ僕が理解できないほど重いことだろう。
「ロシアに侵攻したドイツ軍が撤退し、ソ連軍が大規模な反撃を始めた後、私の父さんはウクライナ抵抗軍に参加しようと決めたんだ。ソ連の暴政で、数えられないほどのウクライナ人が飢饉で亡くなったからね」
ユーリ―の曾祖父母はウクライナの西部に住んでいたという。第二次世界大戦の前、そこはポーランドの領地だった。だが、ソ連に占領された東部の惨劇のニュースは、既にウクライナのあらゆる地域、あらゆる人に伝わっていた。
大学で、ロシア史の講義を受けたことを思い出した。先生は、ソ連の集団農場のことを教えてくれた。たとえ山ほどの子供が死んだ事がスターリンの耳に入っても、彼は政策を止めなかったことを。「農民が糧食を隠すのは、国に反抗することと同じだ」という冷酷な命令まで下して、たくさんの餓死者を出したことも。
「お父さんがウクライナ抵抗軍に参加してからは、もう会えなかったんですか?」
「そうだね……。出征する姿を見たのが最後だよ。父さんは、戦争が終わる前に、イギリスに向かったからね。ソ連の兵士と警察に殺されたくないから」
おばあさんは、静かに話していた。涙も零さなかったけれど、力の無い目が、彼女の悲しみの深さを表していた。それでも話し続けてくれるのは、彼女の父を忘れ去ってほしくないからだろう。
おばあさんは、夫に背中を撫でられながら、言葉を続ける。
「ソ連がウクライナを占領した後は、私たち一家は監視されたんだよ。秘密警察は、いつでも「裏切者」をーーつまり、父を捜し出したかったからね……」
おばあさんの言葉は、ろうそくの火を揺らしながら、静かに夜に落ちていく。
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