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「見て、楊! ウクライナ抵抗軍の旗がある。もうすぐ隠れ家に着くよ!」
ユーリ―は赤と黒の二色の旗を指さした。緑溢れる森で、鮮血のような赤さは一層目立った。
「曾祖父が森でゲリラ戦をしていた時、曾祖母は、この道を通って食べ物を送っていたんだって」
「そうなんだ……」
すでに僕らは、三十分も歩いていた。森林は涼しかったが、道は起伏している。この道を通い続けたユーリーの曾祖母は、毎日大変だったことが伺える。
ユーリーは、僕の前をしっかりとした歩幅で歩いていく。彼は今日まで、僕を色々なウクライナの多くの観光スポットを案内してくれた。だが、今より嬉しそうな顔を見たことはなかった。
それから五分も経たないうち、白い樺の十字架と黒い玄武岩の記念碑が見えてきた。
「やっと着いた! 楊、これが、曾祖父が住んでいた秘密の隠れ家だ!」
そこには、木に隠れた洞穴が見える。赤と黒の二色の反乱軍の旗は風に吹かれてはためていた。急に墓穴を連想した僕は、背筋が寒くなった。
しかも、近づいて見ると、十字架と記念碑の下にひまわりが置いてある。ひまわりはウクライナ人が死者を弔う時に用いた花だ。
「曾祖父と、その戦友はね、ドイツ軍やソ連軍に見つがらないように、この暗い洞穴で暮らしていたんだよ」
ユーリ―と僕は、一緒に洞穴に入った。十数人の兵士が住めるほどの広ささった。木のカビ臭さが漂っている。森に降る雨の匂いを想起させた。僕は目を閉じて、反乱軍が洞穴で過ごした夜を想像し始めた。
それは、梟が鳴く夜。蝋燭の微かな光だけで、銃を整備し、作戦を練る兵士たちは不安だっただろう。反乱軍には、今の僕のように20代の若者が多かった。彼らは自由のために命を懸けたのだ。
「曾祖父はきっと、この粗末なベッドに寝たあと、妻や娘のことを想っていたよ」
「家族を離れるのは悲しかっただろうね」
「ああ。でも、彼は家族のために戦争に参加したんだ」
でも、僕は思うのだ。家族と幸せに暮らす人々が、戦争に自ら赴きたいわけがない。なぜ、戦争を煽った政治家たちは、どの時代にもいるのだろう。彼らがいなければ、平和で暮らせたかもしれないのに。
「ユーリ―、最後、抵抗軍たちはどうなった?」
「僕の曾祖父はソ連軍の包囲から逃げたけど、戦友たちは……洞穴で最後まで戦った。そしてソ連軍は、沢山の手榴弾を洞穴に投げたんだ……」
僕は想像する。戦おうと決意した抵抗軍。そこに投げられたレモンのような形の手榴弾。そして、爆発音、叫び声、血の生臭さ。洞穴は、地獄のようになっただろう。
僕は言葉がないまま、暗い洞穴に立ていることしかできなかった。
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