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「お父さんがイギリスに生き延びた後、連絡は来たんですか?」
あの夜、僕は、おばあさんにそう聞いた。ユーリーの祖母は、悲しそうにうつむいた。
「手紙をくれたよ。でも、返事をする勇気はなかった……ソ連の秘密警察は、時々脅しに来て、私たちを罵倒したり、殴ったりしたからね」
ユーリのおばあさんは母が秘密警察に苦しまれたことを思い出しているようだった。
「だから、母は死ぬまで、ロシア語を習わなかった。『なぜ敵の言語を習うべきか』って」
ユーリ―が生まれたのは、1989年だ。既に衰退されてソ連では、人々が厳密に監視されることはなくなった。そのため、僕の友達は秘密警察の恐怖を体験したことがない。だが、彼の父と祖母は、生涯、怖ろしいドアの叩き声を忘れられないのだろう。
「母は酷い病気になったことがあるんだ。一ヶ月も咳が止まらなかった。父さんはイギリスから薬を送ってくれたけれど、みんなが怖がったせいで、誰も郵便局にとりにいけなかった……」
おばあさんはまた嘆いた。おじいさんに勧められて、すこしジュースを飲み、心を落ち着ける。そうして口を開いたが、まだ、悲しそうだった。
「家族全員、父さんが亡くなった人だと思うことにしたよ。心のなかで父さんのことを想っても、口にはしなかったね」
「おじいさんは、おばあさんと結婚した時、そのことを知っていたんですか?」
お爺さんは胸を張って笑い出した。
「もちろん。わしは全然、怖くなんかなかったよ。お義父さんはウクライナの英雄だ!」
「そうなんですね……。おばあさんに、最後の質問です」
「なんだい?」
「もし過去に戻れるなら……お父さんが、秘密の隠れ家に行くのを止めますか?」
おばあさんは、僕の言葉を聞いて、目を少し見開いた。そして、こう言った。
「止めずに見送るよ! 父さんは、自由のために戦いたいんだから!」
僕は思う。ユーリ―の曾祖父は、娘がそこまで自分を支持していたことを知ったら、きっと嬉しかっただろう、と。父として、誇りに思っただろう、と。
僕の頭のなかに、一つの風景が浮かんだ。銃を背負ったユーリ―の曾祖父は、枝を押し退けて、森に入っていく。その時、妻に抱えられた小さな娘の声が聞こえた。振り返ると、娘が、自分を応援している。ユーリーの曽祖父は笑顔になってこういうのだ。
「ああ。戦ってくるよ。そして私は、たとえ死んでも、永遠にあなたたちを守るよ!」と。
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