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やっぱり何が楽しいのか全くわからない。メリーゴーランドに乗りながら、私は呆然と流れる景色を眺めた。
同じところを上下しながらぐるぐる回るだけのアトラクション。周りの子供たちはきゃあきゃあとはしゃいでいるが、何がそんなに楽しいのだろう。
ジェットコースターのレールの向こうに、大きな入道雲が見える。ナナと初めて話したのも、あんな大きな入道雲がそびえ立つ夏の日だった。
高校生の夏休み。図書委員の仕事である貸出業務を終え、廊下を歩いている時だった。
「中村さあん」
だらしなく、どこか舌足らずな声で誰かが私を呼んだ。振り向くと、ブラウスの前がはだけたナナが立っている。
「ちょ、どうしたの!?」
ぎょっとして駆け寄ると、ナナはへらりと私に笑いかけた。よく見ると唇の端も切れて血が出ている。
「先輩にやられちゃった。なんか着るもの、ある?」
慌てて上に着ていたカーディガンを羽織らせ、ティッシュで口の端を拭う。ナナはほんの一瞬痛みに顔を顰めたが、すぐにまたへらりと笑った。
「お金持ってこいって言われてたのに、持っていけなかったから」
「お金って……普通はお金なんて、友達でも彼氏でも渡さないよ」
そう言うと、ナナはきょとんと目を丸くした。
「そうなの? 渡さないと殴られるから、渡さなきゃいけないものかと思ってた」
けろりとそう言うナナは、同い年のはずなのにずっと幼く見えた。
あたしんち母子家庭でさ。ママはあたしが何をしても殴るの。あたしを産んだのが間違いだったって言いながら。あたしはちょっと他の人より頭が足りてないから、あたしが悪いんだって。ナナって名前も、「名無し」から取ったんだって。それくらいあたしのことはどうでもいいの。
帰り道、彼女は淡々とそう語った。
彼女は常に愛に飢えていた。母親に貰えなかった愛を、他人で必死に満たそうとしている女。肌の触れ合いを愛だと錯覚する、ばかで可哀想な女だった。だから求められたら、誰彼構わず従ってしまう。殴られようが、蹴られようが、お金を取られようが。
彼女の体には常に痛々しい傷があった。母親にやられた傷もあれば、男にやられた傷もある。それでも彼女はそれを「愛」だと信じてやまなかった。
「殴った後はみんな優しくしてくれるもん」
そう言って、欠けた歯を見せて笑っていた。
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