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神風
仲間が追われていた。
グラマンF6Fヘルキャット。
こちらがどれだけ二十ミリ機銃を打ち込もうとも、白い煙をあげるばかりで簡単に落ちないその頑健さよ。少なくとも零戦二機で邀撃しないとグラマンは墜とせない。
だが迷っている暇はない。追われているのはまだ経験の浅いパイロットだ。
俺は「今行くぞ!」と叫びながら操縦桿を握った。
こうして連日過酷な戦場に身を置いていると、ときどき誰の為、何の為にここに居るのかを見失う。
撃ち落とす相手が人間でないような錯覚さえ起こす。
だが一瞬の迷いは死に直結する。
俺は空の勝負師として勝負に出た。
突っ込めばそこはまるで弾の壁だった。
俺は幾筋の銃弾が飛び交う大空を突き抜けて敵機を喰らう。
流れ弾に一度でも当たれば防御の弱い零戦は即炎上するだろう。
零戦の特長である「ありえない航続距離」の理由の一つに、翼の中にも燃料タンクが設けられているからだ。
が、ズングリしたその影越しに炎上する零戦を見た。
死にたくない死にたくない死にたくない。
俺のより性能に優れた新型機からは、そんな声が聴こえた気がした。
連日続く出撃で、ベテラン搭乗員は誰もが疲弊していた。
多数いる訓練不足の操縦士は、やはり埋められない技量差があった。
誰も彼もが同じ心持ちでいることを、だが誰一人として口にはしなかった。いや、出来なかったという方が正しい。
火炎機は鱶の待つ海へと堕ちゆく。その最期を見送ることも出来ず残ったグラマンが襲いかかってきた。
被弾した機体が辿る道は二つしかない。
自爆か。特攻か。
俺たち軍人が常日頃教わっているのは──
俺が覚悟を決めたその時、今落ちた搭乗員との昨夜の会話が、ふと思い出された。
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