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胎内巡り
「胎内巡りってご存知ですか?」
あどけなさの残る頬を緩めて、彼は訊いた。漂う暗い雰囲気を払拭する少年のような高い声で彼は続ける。
「お経を読んだり、巡礼をしたりして、自分を生まれ変わらせるそうですよ。僕は、もし、生まれ変わるなら蛍になって郷里に帰りたいです……郷里に」
声は穏やかだった。何かを受け入れた、明日の我が身をどう思って言われたのかが、痛いほどに理解できる声であった。俺は上官でなく同じパイロットとして、明るくバンバンと肩を叩いた。
「それも悪くないな!」
彼ははにかんだ。上層部が聞けば拳が飛んできそうな発言だったが、俺はそうしなかった。
生にしがみついて、何が悪い。
口には出さなかったが俺はずっとそう思っていたのだから。
「──胎内巡り、か」
ポツリと落ちた言葉を拾う者はなかった。
胎内巡り。
例えばそれは洞窟であったり、お堂であったり、そういう「道」を「産道」に見立てて通り抜ける行為を言うらしい。
出てくれば出産に似た修行を経て、新しい自分を得るのだという。
なればこの鳥居の並ぶ「参道」も「産道」と言えるのではないか、と俺はそんなこじつけに囚われた。
朱の隙間から見える碧に、一瞬、光る粒を見た。
それは真昼の月であったかもしれなかったし、もしかしたら蛍かもしれなかった。……いや、きっと蛍だろう。そうに違いない。
「すまなかった……」
誰ともなしに謝る。
光る粒は、もう見えなかった。
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