14人が本棚に入れています
本棚に追加
どれくらいそうして飛んでいた時だろうか。
同じ景色に辟易してきた時、声が聴こえた。
「お待ちしておりました」
すぐ隣に女性が座っていた。俺は心底驚いた。いつから? どうやって? なぜ気付かなかった?
そんな俺の疑問を打ち消すように、その女性はずっとそこにでもいたかのように自然にいる。
白無垢に角隠し。……婚礼衣装の女性? 操縦席に?
いやいや。あり得ない。そんな空間など、この狭いコックピットにはありはしない。
なぜならばコックピットにはいつだって、不可侵の孤独が横たわっているからだ。戦闘機乗りは誰しも、その恐ろしいほどの孤独の中で本当の自分自身を知る。そう「ならさせられる」。
だがこれはいったいぜんたいどういうことだ。その女性は、確かにいまそこにいる。
爽やかな梢の薫りが漂う、たおやかな女性だ。気品があり、美しく、芯の強さを思わせる中に儚さをまとったその風貌は、どこか日本刀に似た鋭さも宿していた。そのあまりの美しさに、戦闘機乗りともあろう俺は思わずぽうっとなった。
が、すぐに我を取り戻し、居ずまいを正すように問いかけた。
「待ってた? 俺を? ……すまないが、どこかで会ったことがあるのだろうか?」
「まあ」
女性はキリリとした目をいっぱいに見開いて俺を見た。なんとなくバツが悪い。覚えていないことが悪いように思えてくる。女性は、一瞬かなしそうに目を伏せ、もう一度俺を見つめた。
俺も彼女を見つめ返した。見れば見るほどにこの世のものとは思えない美貌をたたえていた。
「約束しました。昔。わたしくを娶ってくださると」
記憶を探る。幼い自分を揺り起こしてみる。だが、それらしい思い出がどうにもないように思えた。そもそも農村の五男である俺は碌に学校も行っていなければ、誰かと遊んだ記憶もない。幼い記憶は鍬と土と、時々空を横切る戦闘機ぐらいだ。
女の子と知り合ったことなどなければ、以前勧められた見合いも全部断ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!