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PROLOGUE
それは酷く美しい夜だった。
宝石を散りばめたような煌めきを纏う不夜城から見下ろした眠らないニューヨークの街は、さながら自分が映画の中に入り込んだかのような愚かな錯覚を起こらせる。
街中に乱立する摩天楼の一角で交わした甘い熱と吐息。融け合ったその記憶に、今も思考は精彩を欠くように乱されているのだから、安易なことはするものじゃない。
遠くの海辺では自由を象徴する美しい女神が松明を掲げている。アールデコ様式の意匠を凝らしたエンパイアステートビルが窓の向こうで光り輝いていた。あの展望台の上で、トム・ハンクスとメグ・ライアンが出会ったのはもう今から二十年も前のことだ。
どうしてこんなことになってしまったのだろう?
熱情の滲む瞳に見下ろされた。
その場の雰囲気に流されてしまった、としか言い訳のしようもなかった。憧れの街で大きな商談が決まり、浮かれて飲みすぎたアルコールで眩暈のように視界がクラクラと揺れる。理性を手放すのは酷く容易かった。
『清瀬さん』
こんな夜でも堅苦しい他人行儀。
それに私が傷つくことも、知らないんでしょう?
普段よりもやや格式張ったフォーマルな紺色の背広とベストを身に纏った男は、昼間に私が結んだネクタイの結び目をぞんざいに解いているから妙に煽情的だ。
予想していたよりもずっと野性的で粗野なキスをする人だった。余裕を失くしているわけじゃないくせに、我慢を嫌がる子供のように独善を丸出しにしたキスに翻弄される。
節くれてゴツゴツとした大きな手はお世辞にも繊細そうとは言えない。男性的で武骨なその手が私の体の稜線をゆっくりとなぞる。乱暴かと思えば丁寧に、慎重かと思えば大胆に肌を暴く指に体の芯が痺れた。
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