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「君はほんと綺麗好きですよね」
「簡単な掃除をこまめにするのが大事なんです」
「肝に銘じておきましょう」
「嘘ばっかり」
これまでも何度か同じような会話が交わされたけど、鵜飼に改善は見られなかった。その場では調子良く今後は気を付けるなどと宣うけど、完全に口先だけだと知っている。
そんなことないですよ、と甘えるように背中から抱き着いてくる鵜飼は数か月前まで想像していたよりもずっと普通の男の人だった。特別なことは何もない、良いところも悪いところもある、私の大好きな恋人。
「準備するから離してください」
「映画まではまだ時間がある、あと少しだけ」
「その前に朝食も食べるんですよ?」
「わかってるよ」
でも口紅を塗ったあとじゃキスもさせてくれないだろ?そう言って鵜飼が私の唇を塞ぐ。甘い休日の昼下がりの空気が愚かしく浮かれる私たちの周りをゆらゆら漂っている。
軽く啄むような口付けを何度も繰り返しながら鵜飼の首筋に腕を回した。仕事の時以外には香水を付けないから、休日の鵜飼からは普段よりも煙草の匂いが濃く香って、何故だかくらくらと眩暈がする。
「例えばこのまま一度セックスして──」
「却下です」
性懲りもないことを言い出した鵜飼の言葉を最後まで聞くことなく棄却して、するりと腕の中から抜け出した。俺の彼女は随分と冷たいな、と不平不満が聞こえてきたけど無視だ。
大体昨日の夜だって明日は土曜で休日だからとか言って、散々したじゃないか。そういう行為における忖度や気遣いに欠ける私の恋人は、毎回限界まで攻めてくるから、安易に流されると後で痛い目を見る。
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