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スッと切先が風を斬り、鞘からな抜かれた刀が横一文字に振るわれる。
そのまま刀は上段に構えられ、真っすぐと力強く振り下ろされた。
真奈美は切先をじっと見据え、刀を横に振るって血振りを行い、流れるような所作で鞘に納められる。
それからも真奈美は刀を抜き打ち、突き出し、振り下ろす。
型の中にいる敵に対して適確に振るわれた刀は、演武であると同時にどこか優美な演舞を感じさせる。じっと見ていると無意識のうちにため息が零れていた。
狭い道場がこの瞬間だけは真奈美のための舞台に変わる。周囲の音が遠ざかり、真奈美が刀を振るうたび、空気が震えた。
世界に音が戻ってきたのは、真奈美が十二本の型を終えた後、刀礼をして鞘を帯から外したときだった。夏の夕暮れの道場の熱気と外から響いてくる蝉の声。意識が急に現実に帰ってきた感じ。
真奈美は刀礼を終えた正座の姿勢のままで少しソワソワとした後、ぴょんと飛び跳ねるようにこちらを向くと俺の方に駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! どう、上手くなったでしょっ!」
さっきまでの凛とした雰囲気はどこへ行ってしまったのか、俺の目の前にいるのはどこにでもいるちょっとテンション高めの女子高生だ。一歩後ずさって少し距離を作る。
「あのな。自分より上手いやつがもっと上手くなってもよくわかんねえよ」
「えー、お兄ちゃんが高三の頃はもっと上手かった気がするんだけどなー」
真奈美は小さく唇を尖らせると、うりうりと俺の脇腹を突いてくる。
その言葉も指も作り笑いで受け流す。二年前、俺が高校三年生だった時より真奈美は遥かに上手い。今は俺と同じ居合道の三段だけど、真奈美はスムーズに四段に昇れるだろうし、俺はあのまま続けていたって四段の壁にぶち当たっていただろう。もう真奈美は俺が歩んでいたはずの道の遥か先を行っている。
「今のお前より上手かったなら、俺はきっと居合を続けてるよ」
真奈美が演武していた小さな道場。それは、祖父が家族が使うために建てたものだった。
ちょうど二年くらい前まで俺たちはここで俺の親父から居合道のイロハを叩き込まれ、今親父から居合を習っているのは二歳下の幼なじみの真奈美だけだった。
俺が大学入学に合わせて隣の福岡で一人暮らしを始めたからだけど、もし熊本に残って進学していても結果は変わらなかったんじゃないかと思う。
俺の言葉に真奈美はしばらく何かを考えこむような仕草をした後、切り替えるようにパッと笑顔を浮かべた。
「ねえ、お兄ちゃん。いつまでこっちにいるの? 大学生って夏休み二か月くらいあるんでしょ? せっかくだからしばらくこっちにいるよね?」
目をキラキラとさせる真奈美に罪悪感を覚える。確かに夏休みはまだ始まったばかりなのだけど、今回は盆の法事の為に帰ってきただけだ。
「今週末には福岡に戻るよ」
「えーっ! あと四日しかないじゃん!」
「意外と大学生は忙しいの。真奈美も来年になったらわかるって」
「むう……」
またしても真奈美が唇を尖らせる。
「じゃあ、せめてどこか遊びいこうよー」
俺の右腕を掴んでブンブンと振る。これがさっきまで息を呑むような演武をしていたのと同一人物とは思えなかった。
「いや、真奈美、受験まであと半年もないじゃん。今のうちに勉強しとけって」
俺みたいになる前に、という言葉は飲み込む。
「模試でA判定出てるから大丈夫ですー。それにお兄ちゃん、バイクの後ろ乗せてくれるって約束したじゃんー。阿蘇行こうよ、阿蘇」
「俺の街乗りバイクで二人乗りして阿蘇なんてめちゃめちゃきついからな」
そう言っても真奈美は引き下がりそうにない。ああ、ダメだ。こういう時の真奈美はすごい頑固で、どこかに連れて行かない限り納得しないだろう。
そうはいっても、阿蘇以外にこの辺りでどこか手ごろな場所なんて――あ。
連れてけー、と俺の左手をブンブンと振る真奈美を制しつつ、スマホを取り出して明日の干潮時間を調べてみる。どうやら、天気も時間帯も悪くはなさそうだ。
「真奈美、お前早起き得意だったよな?」
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