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風雅はピクリと動いた僕の頭をゆっくりとなでる。
「最後まで聴け」
風雅は僕の様子を気にして暫く頭を撫でてくれた。
「当面は叔母様が当主を代行する。実質、叔母様が当主だがな」
風雅は僕が日本を出てからの吉祥家の状況を語った。
疾風と美月は吉祥家の慣例に倣わず、留学はしなかった。
そのことは聞かされていたが、母が疾風を傍に置きたいからだろうと思っていたから知らぬ振りを決め込んでいた。
所が、疾風が留学を断わり美月もそれに倣ったのだそうだ。
自分はあくまで吉祥分家の筆頭であって、本家の嫡流を支え、従う役目を担い生まれた者だと。
「涼が本家を出たなら自分達がこの屋敷で住む訳にはいかないと言って、一年前から二人で暮らしている。まぁ、本家所有のマンションだけどな」
知らなかった。いや、きっと手紙やメールに書いてあったんだ。
僕があえて中身を読まなかったから。
「疾風は当主の座など望んでいない。あいつは美月と一緒にいられれば、それだけで満足なんだ」
風雅は僕の頭をなでた。
「だから、涼。お前は全てを受け流せ。見ざる聞かざる言わざるでいろ。だがな、日本の吉祥一門の状況だけは逐次把握しておけ。後は日本の外で爪を磨けばいい。俺が全力でお前を支える。これは叔父様の意思だ」
風雅の言葉に父の顔が浮かんだ。
『涼は、涼のままでいいんだ。誰かの背中を追いかける必要も誰かと比べる必要もない。進むべき道もその先も誰一人同じではないのだから。どんな道を歩もうともお前は吉祥本家の後継だ』
賞賛されている疾風を見つめる僕に父はそう言ってくれた。
どうして気付かなかったのか。
疾風の背中を追いかける必要など初めからなかったんだ。
疾風に注がれる母の愛情を独占したかっただけに過ぎない。
疾風がどんな思いで、どんな考えでいるのかを知ろうともせず、僕の進む道を阻んでいるのは疾風であるかのように思って。
「風雅従兄さん、ありがとう。僕は父さんの意思を無駄にしない生き方をするよ」
僕はこの時、疾風の背中を追いかける事を止める宣言をした。
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