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母に賞賛されている疾風を目にすると胸が痛んだ。
苦しくて、苦しくて呼吸がままならない事も一度や二度ではない。
なぜ母は、僕に目を向けてくれないのか。
少しでいいから僕の努力を結果に至るまでのプロセスを見て欲しい。
僕にも疾風に向ける様に微笑んで欲しい、抱きしめて欲しい。
腹の底で成長しつづける黒々とした塊を抱く僕と折り目正しく精悍で吉祥本家の後継である自覚を持つ僕の相反する二人の僕が共存を始めた。
人前では一切表に出る事がなかった前者の僕は疾風を前にすると抑えが効かなくなっていった。
僕の疾風を見る目に宿る憎しみや妬みの色に気付いた父は僕を疾風から遠ざける決断を下した。
人に恨みや妬み、憎しみの感情を抱いた者は当然当主の器ではないからだ。
中等部二年の冬、父は一年早く僕をイギリスに留学させた。
留学先の学校は全寮制だったから既に留学している一門の者達との交流は必要最低限に留めることができた。
日本の情報を疾風の状況をできるだけ耳に入れたくなかったからだ。
僕の目の前から疾風の姿が消えた。
初めて味わう解放感だった。
疾風の背中を追わない世界。
勉強も運動も人との交流も全てが自由で生まれて初めて楽しいと感じた。
周りは僕を僕として見てくれ、接してくれている。
疾風の背中を追わずに済む事は、こんなにも心地のよいものなのか。
イギリスに来て半年過ぎた頃、黒々とした塊を持った僕はすっかり影を潜めた。
そのことに気付いた時、僕は留学を早めてくれた父に感謝した。
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