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菊子の事情
「菊子は、この池の縁で遊んでいてあやまって落ちて溺れ死んでしまったのです。ちょうど倒木や泥がたまったところで沈んでしまい、亡骸が浮かび上がらずそのままになってしまったのです」
「え、でもお地蔵様、ため池は毎年田んぼに水を入れるために、ゆる抜きをするじゃないですか。その時に、菊子ちゃんの死体が見つかることはなかったのですか」
落ち着きを取り戻した秀子が、さっそく三つ辻地蔵に質問を投げかけた。
「ゆる抜きの時も倒木などが亡骸を隠してみつからなかったのですよ。菊子は、この池の底でずっと一人でした。それゆえ、この池に近づく者を引き込んで共に暮らしたかったのです。ここで何十年も経つうちに菊子もいつしか怪しげな力を持ち、私の祠の後ろに自分の世界へ誘う道を作ったのです。そこへ近づいた者は、幻を見て池まで誘い込まれるのです。あなたがたがここへ来たように」
「でも、左側に行った時は、引き付けられませんでした」
秀子は、祠の左側から振り向いたときのことを思い出して言った。
「それは、菊子の力がまだまだ未熟だからです。時を経るごとに、菊子の念の力は強くなっています。さらに時が経つと菊子は、ここに近づく者はだれでも池に引き込むようになるでしょう」
「祠の左側からも池に引き込まれるのですか」
秀子の探究心は後を絶たない。
「そうは、させません。あなたたちが、約束事をきちんと守る限りは」
「そうか、あの約束事で、みんなすぐに三つ辻地蔵様の祠から離れますからね。それってすぐに池から遠ざかるってことですよね」
秀子は、言い伝えに納得がいったようだ。
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