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土曜日
《土曜日》
七月上旬の早朝、地面が日差しで熱くならないうちに、近所の公園へ愛兎の「ツキ」の、うさんぽに行った。
帰ってくるとマンション前の入口の私道に、中学時代の先輩である園谷崇(そのやたかし)が落ちていた。
「どうしたんですか?」
そう声をかけて加苗洋平(かなえようへい)は、園谷に近づいて、倒れこんでいる顔を覗くと
「あぁ、加苗くん」
体格に不釣合いな、か細い返事をして力尽きた。
「おなかが空いた」
「えっ?」
洋平はツキを抱いたまま聞き返すが、園谷は動かない。
「こんなところで行き倒れたら困りますよ。道幅もせまいし。それに、俺ひとりで先輩を運ぶのは不可能ですからね。救急車呼びますよ?」
細身な洋平では園谷を担いで、マンションの二階の自宅まで昇れない。このマンションは四階建てでエレベーターはない。
「嫌なら自力で階段を昇ってくださいね、俺の部屋わかりますよね? 先に行ってますからね」
洋平は私道に園谷を置き去りにしたまま、自分の部屋へ戻ってきた。園谷が自力で二階まで来れないのなら、洋平の手には負えない。
洋平の部屋は六畳間が左右にあり、玄関から見て左側がツキの飼育部屋、右側は洋平の生活スペースだ。
左の部屋には、ツキの飼育に必要な、サークルがある。その中にそっとツキを降ろした。
ツキが鼻を動かして耳を立てる。
そのとき『ドンッ』と玄関ドアが叩かれた。
ツキのハーネスを外して、玄関へ急ぐ。
ドアを開けると、しゃがみ込んだ園谷がいた。
「立てますか?」
洋平が尋ねると、園谷が力なく首を横に振る。仕方ないので、園谷の両脇に、洋平が両腕を差し入れ、キッチンに引きずりあげ、床に転がす。
洋平は冷蔵庫から飲みかけの、二リットルのスポーツドリンクを取り出した。ボトルキャップを外して園谷に渡す。
「まず、これ飲んでください」
それをゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した園谷が、ひと息ついた。
「眠い、疲れた」
園谷がキッチンの床で横たわろうとする。
「ベッドを貸すので、そっちで眠ってください。こんなところで寝られたら邪魔なんですよ」
右側の洋平の生活スペースへ、また引ずって行く。
なんとかベッドに園谷を放り込んで、汗だくになった額を、半袖のシャツの右肩で拭った。
「うちに来るなら事前に連絡してくださいよ」
洋平が呟くが、安心しきった園谷には、届かない。いびきをかいて園谷は眠りに落ちていた。
その日から洋平はソファで寝ることになった。
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