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水曜日
《水曜日》
三日経っても園谷は帰らない。
それどころか洋平が出勤して、会社の近くのラーメン屋で食券を買おうとしたとき、財布からお札が抜かれているのに気が付いてしまった。心当たりは園谷だけだ。
この日、帰宅した洋平が見たのは、生活スペースにしている六畳に、アルコールの空缶が散乱している光景だった。
泥酔して眠りこけている園谷と、見知らぬ中年男の、海獣の鳴き声ような二人分のいびきが響く。
イラッときて洋平は園谷を蹴り上げて起こした。
「これは一体どういう状況ですか、先輩。なんで知らないオッサンが俺の部屋で、我が物顔して寝てるんですか?」
まだ寝ぼけている園谷の胸ぐらを締め上げ問い詰めると、オッサンが目を覚ました。
そして平然と
「カナエって、ソノッチが言ってたから女の子の部屋に連れて来てくれたのかと思ったのに、なんだ男かぁ。ところで隣りの部屋にいる仔うざぎは、いつ食べるの?」
洋平の顔を見てケタケタと笑って言った。
頭の中で、ブチッ、と洋平の何かが音を立てて切れた。
「出ていけ、殺すぞ」
園谷から手を放して洋平はオッサンに拳を伸ばした。
園谷がその拳を掴んで止める。
いま切れたのは理性だ、と洋平は静かに自分を俯瞰した。
「加苗くん、ごめん」
園谷はアルコールがまだ抜けてない息を吐きながら洋平に早口で言い訳した。
「桃崎(ももざき)さんはオレに原付バイクを譲ってくれたから、お礼をしようと思って部屋で飲んでただけだ」
「は? そのお礼するための酒代は俺の財布から抜いたカネですよね?
俺は泥棒を飼った覚えはないですよ。それにお礼するなら先輩のカネで、先輩の家でやってください。ここは俺の家です」
淡々と洋平が並べた言葉に、園谷も桃崎も黙り込む。
「二人とも空缶とゴミを片付けて出て行ってください」
洋平は冷ややかな声で告げる。
「もう帰るところがない」
ぼそりと園谷が独り言のように呟いて、続ける。
「会社をリストラされて社員寮を追い出されて、カネないし部屋借りれなかった。桃崎さんとはハロワで知り合った友達だからいいだろ」
「何がいいのか、先輩の言ってることがわかりません」
園谷の友達のハードルが低すぎる。
つまりは先輩である園谷の友達だから洋平の部屋に桃崎もおいてやって当然、ということだろうか。
洋平は深く息をつく。すると焦ったように園谷が懇願する。
「何でもするからここにいさせて、加苗くん!」
「いやもう、何もしなくていいから出ていってください」
洋平はこめかみを押さえた。眩暈がする。
何とか桃崎だけでも外に放り出し、園谷と夜更けまで、出ていく出ていかない、の平行線の話し合いを続けた。
園谷の再就職先が決まるまで、洋平の家に居候させるという、かなり園谷に歩み寄った妥協案を受け入れることで、その日は終わった。
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